コピーライト


「テーンゾ、バンザーイ」
 とカカシ先輩が言った。何だ、万歳って。と思って見上げると、
「ホールドアップ」
 と言い換えられた。要するに両手を上げろってことだろうか。何なんだ、急に、と疑問を感じながら、素直に僕は両手を上げた。完全に油断していた。
「わっ、ちょっと先輩? 何する気ですか!?」
 先輩はどこに隠し持っていたのか、紐を取り出して僕の両手をひとくくりに縛り上げる。血液が止まるような締め付けではないものの、身動きが取れないくらいにギチギチに結ばれている。さすが忍と言うべきか、安易な縄抜けの術では抜け出せないように仕組んであった。
「先輩、何ですか、これは」
 頭上の手を自分の目の前まで下ろす。何だか間抜けだ。何だって僕が縛られなきゃいけないんだか、意味がわからない。
「エッチするんでしょ」
 と、先輩はぬけぬけと言った。
「はいィ!?」
 それとこれとは関係ないだろう。いや、関係あっては僕が困る。両手を塞がれて、一体どうしろと言うのだ。
「いや、あの、これじゃ何にもできませんけど」
「そうだろうね。そのためにそうしたんだから」
「はっ? うわっ」
 唖然として先輩を見ていると、床に押し倒された。混乱中の僕はあっさりひっくり返って、あれよあれよと視界が回転する。
「えっ、ちょ…っ、痛っ」
 ゴツンと頭をぶつけて、仰向けになった僕の上に先輩が乗り上げる。
「先輩……?」
 僕と白い天井との間で、上機嫌にニコニコしてる先輩が、……怖い。一体何をする気だ。
「お前ばっかりに主導権が握られてるのシャクなんだよね。たまには交代ってことでどうよ」
「え……っ」
 どうよ、ってどういうことだ。
「いや先輩!? 何考えてるんですかっ!」
 まさか。……まさか!?
「や、いやいやいや!」
「お前はそこでマグロになってりゃいいよ。後は俺がどうにかするから」
「何がいいんですか!? ちっともよくありませんよ!」
「大丈夫だって、テクニックならあるから安心しなさいよ。俺の二つ名忘れちゃった? コピー忍者なナメないでよね」
「どこから 何 を コピー し て ん だ っ」
 じたばたしてみたが、どうにも体勢が不利だ。その上、人体構造をよく知っている人だから、うまい具合に押さえ込まれる。
「先輩、おふざけも大概にしましょう。ね? ね!?」
「ふざけてなーいよ」
「いやいやいや、ふざけんな!」
 僕が嫌がれば嫌がるほど先輩は楽しそうだ。悔しいというか、情けないというか、馬鹿馬鹿しい。しかし冗談じゃない、縛られたあげくに、ヤられるなんて。
「お前、俺のこと好きでしょ」
「それとこれとは別問題でして」
 愛があれば何でも受け入れられる……わけはない。
「やっぱり僕はあなたを抱きたいわけで、いくら先輩を愛してるからと言って抱かれてもいいということにはならないわけで、でも先輩がどーっしてもって言うなら一回くらいいいかと思いますけど、こんないきなりじゃ覚悟も決まらないわけで……」
 必死に主張すると、先輩はぷっと吹き出して笑い始めた。僕が何か、おかしなことを言っただろうか。
「……」
「俺に突っ込まれるとでも思った?」
「……違うんですか」
「お前がしてもいいって言うなら、そうするけどね」
「いえ御免こうむります!」
「ふーん、残念」
 残念!? ってことは、ちょっとはヤる気だったってことじゃないのか。
「まぁ俺も突っ込むよりは突っ込まれる方が好きかな」
 先輩は相変わらず楽しそうで、くすくす笑っている。どうやらからかわれたらしい、と気がついて、一気に脱力感に襲われる。ちょっとでもビビった自分が馬鹿みたいだ。
「だったら、これ早く解いてください」
 縛られてる両の手首が痛い。抜けようと無駄にもがいて、すっかり赤くなっていた。
 先輩が手を伸ばしたので、ようやく解放されるかと思ったのに、そのまま頭の上で固定される。
「やーだ」
「えぇっ!?」
「だから言ったでしょ、お前はそこで寝てるだけでいいって」
「けど……!」
「俺が乗っかってあげるから」
 それはそれでいいかもしれないが、完全に組み敷かれているのが釈然としない。最終的に僕が突っ込む側であればいい、とかそういう問題じゃない。大事なのは結果ではなく過程であって――
「まぁまぁ、たまには大人しくヤられてろ」
 先輩は得意満面の笑み。嫌だ離してくれ――という抵抗はあっさりキスの中に飲み込まれていった。






「先輩、これどうするんですか……」
 手首にくっきり残った赤い痕。誰が見たって、何かあったのは一目瞭然だ。
 朝までに消えなかったら、確実に白昼の元で人目にさらすはめになる。もう半分は朝みたいなものだから、消えそうにはない。
「僕がエムだとかいう噂になったら、どうしてくれるんですか」
 言っておくけれど僕は至ってノーマルであって緊縛趣味はない。
「暴れるお前が悪い」
 いけしゃあしゃあとのたまった人は冷蔵庫からボトルを取り出していた。ラッパ飲みはやめろと言うのに聞く耳がないらしい。
「縛る必要性がどこにあったんです」
「必要性なんてないよ。そうしてみたかっただけ」
「……」
「何か不満でも?」
「不満だらけです」
「例えば」
「ちっとも僕の了承を得てないところとか」
 仮に先輩がアブノーマルな方向性を望んだとすれば僕はできるだけ付き合ってやってもいいと思うのだけれど、こんな騙し討ちみたいな方法は卑怯だ。
「何だかんだ言って、いつもより盛り上がってたでしょ。結果オーライ」
 先輩は完全に開き直っている。男の下半身は別の生き物だと最初に言ったのは誰なのか、全く否定できないのが悲しかった。
「先輩に油断した僕が悪かったですよ……」
 結局はそういうことだ、と僕は手首をさすりながら反省した。それより当面の問題は、この痕をどうするか、だ。先輩よろしくポケットに手を突っ込んでいる他にはなさそうだ。

 あともうひとつ、喉に引っ掛かった魚の小骨のように気になっていたことがあった。
「ところで先輩、さっきの話ですけど」
「さっき?」
「テクニックならあるって自慢してたじゃないですか。そんなもの、いつどこで誰からコピーしたんですか」
「……」
 先輩は黙る。そんなの冗談、と言うかと思っていたが、何も言えないっていうことは、やっぱり僕の知らないところで色々あったということか。
「……誰です」
 つい、ムッとなった。こういう嫉妬じみた詮索が一番嫌がられるとわかっていても、聞かずにはいられない。
「お前もよく知ってるはずだけど」
「えっ、知りませんよ!」
「……」
 先輩はまた黙る。それから呆れたようにため息をついた。
「お前、馬鹿?」
「ばっ……」
 馬鹿とは随分な言い草だ。先輩のことはすべて知っておきたいという僕のささやかな望みが馬鹿だと言うのだろうか。
「つまりテンゾウくんは俺がホイホイ誰とでも寝るような人間だと思ってたわけだ」
「は? え……っ、いやー、そんなことは……」
 ない、と思いたい。が、正直なところは、実はよくわからない。そう安々と他人にプライベート空間を許す人でないのは僕が身を持って知っているけれど、それにしては浮いた噂が多過ぎる上に、尾鰭背鰭を本人が冗長させている節がある。信じていたって、疑いたくもなる。
「違うっていうなら、一体誰からコピーなんて」
「だからお前は馬鹿だって言うのよ。んなもん、答えは自ずと決まってくるでしょうが」
 胸に手を当ててよく考えろ、だそうだ。何だよ、教えてくれてもいいのに。
 やたら秘密主義の先輩の相手なんか僕が知るわけがない。一人知っているとしたら、自分自身くらいのものだ。
「……ん?」
「わかった?」
「僕が知っている限りでは、答えは僕ってことになるんですが」
「はーい、よくできましたー」
 棒読みで褒められた上、頭をわしゃわしゃと撫でられた。
「まぁ、コピーなんてしなくても覚えるけどね」
「ちょ、先輩、それって!」
 それなりに僕のことを気に入っているってことなんですか、とは最後まで言わせてもらえなかった。



(101124)
隊長を…縛りたかっただけ…(私が)

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