デッドオアアライブ


 触れた体は温かかった。どくどくと心臓の脈打つ音が聞こえる。この体も、いつの日か冷たくなって、何も聞こえなくなる時が来るのだろう、と考えた。それは俺より先だろうか、後だろうか。
「……そろそろ時間ですね」
 テンゾウが言った。
「そうね」
 答えながら、俺はテンゾウの胴に腕を巻きつけたまま、背中にぴたりと張り付いている。これから任務に行くという男を引き止めたって仕方がない。もう離してやらなくちゃ、と思うのに、不思議なことに動けない。強力な磁石にでもなってんじゃないかと思うほど、テンゾウに引き付けられている。
「こんな時ばっかり甘えないでください」
 テンゾウが俺の腕を掴んだ。引き剥がされるのが惜しい、嫌だ、と内心叫んでみたが、テンゾウは掴んだきり、別にどうするわけでもなかった。
「先輩、離してくれませんか」
 困ったような声。そうね、ともう一度答えた。がっしり捕まえているわけじゃない、触れているだけなんだから、離して欲しければ振り払えばいいのに、と思う。なんて俺は無責任だ。俺が離したくないのと一緒で、多分テンゾウも離れたくないのだ。
「テンゾウ、遅刻するよ」
「どうしましょうね」
 何を二人でぐずぐずしてんだか、客観的に考えると笑ってしまいたくなるのに、主観的には心底どうしようもなかった。手を離す方法も、旅立つ男にかけるべき言葉も見当たらない。
 真面目なテンゾウのことだ、こんなくだらないことで遅刻でもして仲間に迷惑をかければ、きっと自分を責めるんだろう。それはちょっと可哀相だと思って、俺はテンゾウを突き飛ばした。
「うわっ!」
 男は前のめりにつんのめる。何もそんなに乱暴にしなくても、と自分でも思ったが、それくらい勢いをつけなきゃ離せそうになかったので仕方がない。俺はテンゾウが起き上がる前に、くるりと背を向けた。顔を見たら、せっかくの俺の努力が元の木阿弥になりそうで、今すぐにでも抱き寄せたいのを我慢するために、とりあえず近場に転がっていたクッションを抱きしめる。なんだか物足りない。
「もぉ、またからかってんですか」
 文句を言いつつ、テンゾウはのそのそと支度を始めた。やがて整ったのか、俺の背後に無言で立った。
「いってらっしゃい」
 クッションに顔をうずめたまま言う。振り向いたら、行くな、と言いたくなりそうだ。なんてこった。俺は一体いつからこんなセンチメンタルになったんだ。もう忍失格かな。
「先輩、こっち向いてくださいよ」
「やだよ」
「最後くらい顔を見せてくれても」
「最後とか言うなよ」
「すみません」
 俺たちの仕事に死が隣り合わせになっているのは、いつものことじゃないか。今さら何を不安がるのだろう。
「早く行けよ」
 追い払うように手を振ったが、テンゾウは動かない。
「さっき僕が言ったこと、覚えてます?」
「忘れた」
「もう一度言いましょうか」
「うそ。覚えてるよ」
 死ぬまで僕のそばにいてくれませんか――テンゾウがそんなことを言うから、俺たちはいつ死ぬんだろう、なんて詮無いことを考え始めてしまったんだ。
「それ、二度と言うなよ」
 膝の上のクッションに顔をぎゅっと押し付けた。
「どうして」
「お前が死ぬ時のことなんて考えたくもないし、俺はお前より先に死にたくない」
「僕はそんな意味で言ったんじゃありませんよ」
「でも、そういうことになるでしょ。死ぬまで一緒にいたら、必ず最後は片方取り残されるだろ」
 駄々っ子みたいな言い分だ。ただの言葉のアヤに過剰反応しすぎている。けれど、人はそんなに簡単には死なない、と笑いとばせないくらいには、俺たちは人の死を見すぎてしまった。
「悪かったですよ。僕が軽率でした」
 テンゾウの手が俺の髪の毛を掴んで、ぐいっと無理矢理に上を向かせた。何すんだ、こいつ、と睨むと、反対側から俺を見下ろす深い漆黒の双眸に吸い込まれそうになった。
「僕とずっと一緒に生きてくれませんか――それならいいでしょ?」
「……」
「答えてくださいよ」
「いきなり言われてもね。そんなもの準備してないよ」
「だったら、帰ってきたらもう一度尋ねますので答えを用意しておいて下さい」
「聞かなくても、わかると思うけど」
「あなたの口から言わせたいんですよ」
 そいつは参ったな、と思いながら、テンゾウの顔を引き寄せた。馬鹿だな、こんなことをしても、ますます愛おしくなって困るだけだというのに。
 任務なんか行くなよ、と言いそうになった口を柔らかい唇が塞いで、触れたかと思ったらまた離れた。
「テンゾウ、もうお前さっさと行けよ」
「言われなくても行きますよ」
 テンゾウが手を離したので、俺はまた俯く。出ていく男の背中は見送らない。最後に見たのが後ろ姿になるのが嫌だった。


(101201)
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お題:尋ねますので答えを用意しておいてください

かかっさんドデレ発動。そうしたら、えらく湿っぽい話になってしまった。
何故だ。ラブラブ甘甘はどこだ!(笑)


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