Let me be fool


 少しは取り乱すかと思っていた。
「カカシ」
 振り向いた少年は想像より余程しっかりとした調子で答えた。
「どうされました? 自来也さま」
 まるで何事もなかったかのように。

 そこからは里を一望できた。美しい景色が眼前に広がる。自来也のお気に入りの場所だった。弟子のミナトに教えたら、いつの間にか自来也の特等席にカカシが居座るようになり、ミナトに教えたことを自来也は密かに後悔していた。けれど、今は弟子のおしゃべりに感謝している。そのおかげで里中を探し回らずとも、カカシを見つけ出した。
 その日も、夕焼けに赤く染まる町並みはなお美しかった。しかし、そこに住まう人々の影はなく、四代目の死と、多くの被害の傷痕が生々しく残っていた。ひっそりとした静けさの中にある美しさは、かえって不気味だった。
「……」
 自来也は無言のままカカシの隣に腰を下ろす。カカシはただ膝をかかえ、黙って里を見下ろしていた。その視線は少しも動かない。何かをじっと見つめている――というよりは、その目は虚ろで何も映っていないようだった。
「うわっ」
 とカカシが声をあげる。急に自来也が、抱き寄せたからだ。
「何するんですか」
「……意味などない」
「はぁ? 変なの」
 戸惑いつつも、カカシは抗わない。自来也の腕の中で大人しくしている。珍しいことだ、と自来也は思った。いつもなら嫌がって、すぐさま逃げるというのに。
「どうなさったんですか、ほんとに」
 淡々と言う態度は平然としているように見えなくもない。けれど。
「悪かったのォ」
 自来也は回した腕にぎゅうっと力をこめた。
「どうして謝るんですか」
「さてなぁ」
「自来也さまが謝るようなことは、何もありません」
「……」
 忘れろ、切り捨てろ。それが忍としての心を守るための術だ。そうしなければ、心が押し潰されて、苦しくて息もできなくなる。そう教えたのは自来也だった。
 それなのに、四代目の死に泣きもせず、ただ淡々と言いつけられた任務をこなすカカシを見ていたら――お前はもうミナトのことはどうでもいいのか――と問い詰めたくなった。
 カカシは教えに忠実に従おうとしているだけだ。それでいい、と言ってやるべきなのに、唯々諾々と掟に従う姿が痛ましくて目を背けたくなる。
 なんと馬鹿なことを教えたものかと自来也の心に後悔の波が押し寄せた。
「相変わらずお前は可愛くないのォ、カカシ。子供にしては聞き分けが良すぎる」
 結局、忘れろ、切り捨てろ、と言ったはずの自分が、忘れることも切り捨てることも拒んでいるのだと自来也は自嘲する。
「可愛くなくて結構ですけど」
「たまには馬鹿になれ」
「嫌ですよ」
「世の中、賢いばかりが幸せとも限らん」
 カカシの頭をぽんぽんと叩く。それでもカカシは表情を崩すことはなく、漫然と遠くを見ていた。

 空の青と太陽の赤が混じる。絶妙な紫色に染また雲は、ゆっくりと時を刻むように流れていた。


「忘れろ、切り捨てろ。それが忍としての賢い生き方だ――」
 自来也は言った。そういう生き方をしてきたら、諦め方ばかり覚えて、しがみつき方をどこかに置いてきてしまったようだ、と思った。
「わかった――」
 珍しくナルトが素直に答えた。
「俺は馬鹿のまんまでいい」
 続いた言葉に自来也は目を剥いた。こいつは本物の馬鹿だ、とベッドのにいる子供を見て呆れ返る。聞き分けがなさすぎる。いつまでたっても、諦める、ということを覚えられない小さい子供だ。けれど馬鹿な子供は、賢い大人が捨ててしまった物をまだ持っていた。
 そんなものは世を渡るのに邪魔なだけだ。というのに、それはキラキラ輝いて、美しい宝石にも似ていた。
「ナルト」
 呼ばれた子供は、何を言われても肯んじない、と言うように自来也をきつく睨みつける。その青い双眸の中には、かつて自分が捨ててしまったもの、もしくは後を継ぐ者たちに捨てさせてきたものが、確かに宿っていた。
「お前は馬鹿じゃない、大馬鹿もんだ!」
 自来也はニッと笑った。


「カカシ、あんな大馬鹿の中の大馬鹿者、わしゃ見たことがないぞ」
「ナルトのことですか」
 二人は例の場所から里を一望した。里はいつぞやかの景色と何ら変わらず美しく日に染まる。それが、どこか温かい感じがするのは、里の人間がうろうろしているせいか、自分の気分の問題なのか、と自来也は考えてみる。
「恋の病と馬鹿を治す薬は、どこかにないもんかのォ」
「そんなの綱手さまにも治せませんよ」
「無理か」
「それに、治さなくてもいいと思います」
 カカシはパタンと本を閉じ、それをポケットに捩込んだ。
「案外その方が幸せだったりすることもある」
「そうかのォ」
 自来也の口元は、言いぶりとは裏腹にニヤリと笑っていた。
「馬鹿のまんまがいいんですよ、ナルトは。自来也さまだってそう思うから、あいつの修行なんか行く気になったんでしょう」
「ま、聡いお前さんよりは、馬鹿のナルトの方がよっぽど可愛げはあるな」
「俺は可愛くなくて結構です」
「カカシ、お前もたまには馬鹿になれ。そうすりゃ多少は可愛くなる」
「俺には無理ですよ」
 と続けたカカシには、すっかり賢い生き方が身に染みてしまって、自分同様もう子供には戻れないのだろう、と自来也は思った。矢先に、カカシは呟いた。
「馬鹿は感染しますかね」
 しばらくの沈黙の後、二人は同時に笑い出す。
「するかもしれんのォ」
「だったらいいですけどねぇ」





(101129)
アニナルのど根性忍伝スペシャルからスピンオフ。

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