あなたのまほう


「隊長ってカカシ先生の素顔知ってんの?」

 ナルトとサクラの好奇心の目が僕を見た。

 そんなことを言われて、それまでちっとも気にならなかったのに、ふと再会してからカカシ先輩が口布を外したことがないことに気がついた。

「あるけど……まぁ、昔の話だよ」
「どんな顔どんな顔!?」
「何だ、君たちは見たことないのか」
「ねーってばよ。あの手この手でどうにか見ようとしてんだけどさ、それがちーっともうまくいかねーの」

 ナルトは頭の後ろで手を組んで口をとがらせる。サクラが上目づかいに言葉を続けた。
「ね、隊長、どうにかなりませんか?」
 ちょこん、と首をかしげて。

 女の子というのは、どうしてこうも自分を可愛く見せる方法を知っているのだろうな、とサクラを見て、ほんのばかし空恐ろしく思った。残念ながら、そんな風におねだりされたって、僕には何の効果もないけど。

「どうにかって言われても、僕にはどうしようもないよ」

 にべもなく言ってその場を辞退しようとすると、隊長のケチ! とか、隊長の役立たずー! などという暴言が背中に飛んできた。まったく失礼な奴らめ。




 それから僕は、何となくカカシ先輩の顔が見たくなって、先輩の下へと駆けつけた。
「ねぇ、先輩。あなた、あの子たちに顔見せたことないんですってね」
「んー? まーね」
 先輩は相変わらずの愛読書に目を落としたまま、聞いているのかいないのか、上の空で間の抜けた声を発する。
「どうしてですか」
 のし、と先輩に乗っかってみる。僕と話をする時くらい、少しはこっちを見たらいいと思った。思惑通り、先輩は僕をどけて嫌そうな顔で僕を見た。この際、理由なんて何でもいい、こっちを見さえすれば僕は満足だ。

「何すんのよ、テンゾ」
「人の話聞いてます?」
「聞いてるよ。どうして口布外さないの、でしょ」
「それです」

 暗部にいた頃ならばいざ知らず、今は表の正規部隊。ひた隠しにする必要性は薄い。
 ついでに彼らとはもうそれなりに長い年月を過ごしているわけで信頼関係もあるというのに、いつまでも彼らを煙に巻いて、そこまで頑なに拒む理由というのが何かあるのだろうか。

「別に理由なんてないよ」
「ないんですか」
「うん」
「じゃあ、何で」
 一度くらい、見せてやってもいいのではないかと思う。減るもんじゃなし。

「面白いでしょ」
 先輩は目だけでニヤリと笑った。顔の三分の二は隠れているというのに、人を食ったような表情をしたのがわかる。
「からかってんですか」
「まぁね。最初はあんなガキども冗談じゃない、と思ってたのは確かだけどね、今はそんなことないよ。だから見せてやっても別にかまわないんだけど、出し惜しみしてたらしつこく追い回されちゃってね。追われたら逃げたくなるのが人情でしょ? だからつい俺も意地になっちゃって、こうなったら絶対見せてやるもんか、と思ってんの」
「アンタって人は……またそうやって」

 くくく、と笑いをかみ締める先輩に僕は呆れた。
 どうやらナルトとサクラは完全に遊ばれているらしい。

「先輩」
 僕はふと先輩の顔に手を伸ばす。
 その手が口布に触れる前に、先輩につかまれてしまった。

「何やってんの、テンゾ」
「いや、ナルトたちに言われて気がついたんですけど、僕もあなたの顔、見たことないなって思って」
「何言ってんの、知ってるでしょ。昔、一緒に飯食ったり風呂入ったりしたじゃない」
 それどころか、あまつさえキスをしたことがあるのだから、当然知っている。けれど僕の知っている先輩の素顔は二十二歳で止まっている。正規部隊に戻ってから一度も会っていなかったから、二十三から三十までの七年間のブランクがある。
「それは昔の話です。今のあなたは知りません」
 だから見せて、とにじり寄る。が、先輩はバシンと僕の顔を叩いた。
「何するんですか」
「ヤだよ」
「どうして。今、別に見せてもかまわないって言ってたでしょ」
「追われると逃げたくなるとも言ったよね」
 先輩が意地悪く笑った。
「僕は一度みたことがあるんだからいいじゃないですか」
「昔は昔、今は今って言ったのテンゾでしょ」

 なんという揚げ足取り。
「先輩」
「ダーメ」
「意地悪」
「そうよ。意地悪なの、俺は」
 先輩はいかにも楽しそうに笑う――そうしてまた一度閉じたはずの例の本を開く。

「先輩」
「しつこいと怒るよ」
「………」


 僕はしゅんと黙ってしまった。先輩は隙だらけだ。その気になれば、力づくでどうにかできる。そして恐らく先輩は抵抗をしない。
 しかし、それがトラップだということは、僕はよく知っている。先輩は、僕がどれだけ我慢できるか、ということを試している。もしも我慢できなければ……それこそ口をきかない、などと言い出すに違いなかった。

 僕はすごすごと手を引っ込めた。ここで強情を張っても、どうせ先輩には勝てないのだ。

 手も足も出なくなったので、先輩に背を向けて自分の本に目を落とした。
すると、ふと先輩が動く気配。
 何かと思って振り返ろうとした瞬間、目を塞がれた。それが先輩の手だとわかる前に、口も一緒に塞がれる。
 唇の感触でキスをされたのかと気づき、慌てて先輩の手を取り払うが――先輩は素知らぬ顔で、すでに口布を引き上げていた。

「先輩!」
「んー?」
「おちょくってんですか!」
「そーよ」
「アンタ、人が悪いのもいい加減に――」

 カッとなって先輩に襲い掛かろうとするが。
「テンゾウ」
 少し低い声が、僕の名を呼んだ。

 それだけで僕には先輩の意図がわかってしまう。その声音は「ダメ」だと言っていた。
 わざわざ言葉にしなくてもわかる。任務をこなす上で身につけた洞察力だ。一瞬の差が命取りになるような場所でもたもたしてたらすぐにやられる。そこでは仲間との阿吽の呼吸での連携が要求される。そういう意味では、僕と先輩は郡を抜くいいコンビで、僕はそれを誇りに思っていたはずなんだけれど。

 しかし今はそれが恨めしい。
 先輩の言いたいことが、わかってしまう。わからなければ僕も強気に出れるのに、「ダメ」と言われているのがわかっている以上、それ以上僕には動けない。

 どうしてこの人にダメ、と言われると強く出れないのか、自分でも不思議だ。魔力でもあるみたいに、先輩は僕の動きを封じ込めてしまう。


「……わかりましたよ」
 上げかけた腰を、ストンと下ろす。

 どうやったって、やっぱりこの人には勝てない。
 一生勝てない気がする。
 カカシ先輩はふふんと満足げに笑っていた。



(100923)
後輩をもてあそぶ先輩

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