聖夜のキセキ


「先輩の欲しいものって、何ですか?」
 考えても考えても見当がつかないので、ええい、本人に聞いてしまえ! と単刀直入に尋ねた。……のが、そもそもの間違いだった。先輩がそんなに素直に言うわけがなかった。
「欲しいもの?」
 だってもうすぐクリスマス。本当は黙ってサプライズにしたかったけど、どこをどうリサーチしても、何がいいのかよくわからなかった。どうもカカシ先輩は秘密主義がすぎるのだ。日にちが迫り、追い詰められた僕は、ついに根を上げてサプライズを諦めた。狙いをハズして滑るよりは、堅実に攻めて喜ばれたかった。
「欲しいものねぇ……」
「何でもプレゼントしますよ!」
 先輩はううんと考え込んでから、やがて言った。
「お前」
「は?」
「だから、俺が欲しいのはお前」
「……え?」
「何でもくれるんでしょ? お前をちょーだい」
「先輩……!」
 そんなものなら、いつでもくれてやる、と抱きつこうとしたら、するりと避けられて僕は前につんのめる。痛い。ずっこけておでこをぶつけた。何てことをするんだ、と見上げたら、先輩はニヤリとした。
「クリスマスになったらさ、リボン巻いて出直しておいで」
「先輩、僕は真面目に聞いたんですけど」
「俺だって真面目だよ」
 真面目にしては、目が笑っている。そろりと手を伸ばしたら、叩き落とされてしまった。
「クリスマスはまだ先でしょーが」
「あと一週間もありますけど」
「長いね」
「………まさか先輩クリスマスまでお預けとか言うんですか」
「お前ならやれるよ」
 先輩はにっこり微笑んだ。クリスマスまで我慢大会!? 冗談じゃない! と思ったが、いつになくニコニコする先輩が怖くて、僕は手を引いた。
「焦らしたりして、後で知りませんよ?」
 脅してみたが、先輩はどこ吹く風だった。

 一週間や二週間くらい簡単に我慢できると思ったら大間違いだ。今まで平気だったはずなのに、と省みて、それは物理的に引き離されていたからであって、僕の忍耐力でもって我慢してきたわけではないのだ、と気がついた。
 目の前にいるのに、触れられないというのは、なかなか良い拷問である。
 手を伸ばしかけては、引っ込める、ということを何度も繰り返した。
 がんばれテンゾウ、耐えるんだ、テンゾウ。ここで変に手出しをしてクリスマスがお流れになったらどうするテンゾウ!
 おかげで期待だけが悶々と膨らんでいく。そうやって過ごした一週間は、やけに長かった。時が過ぎるのを何もせず、ただ待っている、というのは身を焦がされるように辛い。
「先輩!」
 二十五日、朝。待ちに待ったクリスマスだ。もう限界、もう許してください。
「お、ちょうどいいとこに来たね、テンゾウ。待ってたよ」
 珍しく先輩が快く出迎えてくれる。僕も耐えた甲斐があったというものだ。
「もう触ってもいいですか!」
 勢いよく聞いたら、一歩引かれた。
「俺はダメなんて言ってないけどね」
「はぁ!? だってクリスマスまでお預けって、」
「それはお前が勝手に言ったんでしょ」
 ぽかーんと先輩を見つめると、ニヤリとされた。……よくよく思い出してみると、確かに先輩は、待てとも禁止とも言わなかった気がする。僕がそう思い込んだのを否定しなかっただけで。
「だけど、そういう感じだったじゃないですか!」
「感じ方は人それぞれ」
 いけしゃあしゃあと言いやがる。
「じゃあ僕の努力は……!?」
「面白しろかった」
「お、おも…っ!?」
 わかってていながら見て見ぬふりをしていたのか? 僕が一人ずもうをするのを影からこっそり笑っていたのだとしたら、とんでもない!
「先輩ひどい!」
 すっかり打ちのめされた上に、先輩はさらなる鉄槌を振り下ろした。
「頑張ってね、テンゾウ」
「これ以上何を……」
 頑張るのかと顔を上げると、真っ赤な衣装を差し出された。
「何ですか、これ……」
「どう見てもサンタさんだね」
「サンタさぁん?」
「テンゾウ、それ着て」
「僕がぁ?」
 何の変哲もないサンタの衣装。ミニスカとか、そんなセクシーなオプションがついているわけでもない。
「毎年さ、クリスマス会やってんのよ」
 と先輩が言う。
「そんでさー、うっかりサンタ役を押し付けられてね」
「はぁ」
 だんだん嫌な予感がして来た。
「俺やりたくないから、代わりにお前行ってきてちょーだい」
 やっぱりっ!
「嫌ですよ! なんで僕がっ!」
「クリスマスプレゼント、何でもくれるって、言ったじゃない」
「言い……ました」
「俺に、お前をくれるんでしょ? 俺の言うこと聞いてくれるよね」
 ニコッ、と微笑む笑顔が悪魔に見えた。プレゼントはお前、という意味が、僕はようやく飲み込めた。

 一応抵抗を試みたが、僕が逆らえるわけもなく、ちんちくりんな格好をさせられたあげく、宴会場に引きずり出された。
「ぎゃはは隊長ー似合わねー!」
 ナルトに指をさされて笑われる。本来なら恥じらったり怒ったりするところだが、もうそんな気力は残っていない。心は先輩にごっそり底までエグられてしまったので、これ以上凹みようがない。
「隊長、細いからダメなんですよ。サンタは恰幅がよくないと」
 サイが真面目な顔で言った。もうヤケクソだ、何とでも言えばいいさ。
「それを言ったら可哀相よ、サイ。仕方ないじゃない。でもね、ヒゲをつけるなら、髪の毛が見えないようにしないと……」
 サクラがサンタの白い髪をいじくり出す。十も年下の女の子に哀れまれてるのが一番哀れだ、と思う。
「ところで、サクラ、カカシ先輩は?」
 いるものだとばかり思っていたのに、ここに僕を連れて来た張本人が、さっきから見当たらない。
「先生なら、逃げたわ」
「逃げたぁ!?」
「先生ってば、なんだかんだで毎年バックレるんだってばよー」
 ナルトが口を尖らせる。まぁ、宴会のたぐいは苦手のようだけど。
「だから今年こそ逃げないように、先生にサンタ役が回るように仕組んだのに、ヤマト隊長を送り込むなんて」
 チッとサクラは舌打ちをした。なんだか僕のせいで、彼らをがっかりさせたらしい。
「引き受けてごめん……」
「あっ、別に隊長に怒ってるわけじゃ……」
 サクラと見合わせて、お互いにハハハと乾いた笑いを漏らした。


 大勢で集まって、みんなでワイワイやるのも、悪くはない。そういうクリスマスも、それなりに楽しかった。けど何か物足りないのは、やっぱり先輩がいないからだ。
 十時を過ぎた頃、僕は一人こっそり抜け出して先輩を探しに行った。サンタ役なら十分こなした。もうお役を御免こうむってもかまわないだろう。
「……先輩」
「おかえり、テンゾウ。早かったね」
 意外だ、とでも言うような口ぶりだ。
「サンタさん、どうだった?」
「まぁ、楽しかったですけど」
「よかったね」
「いやいや、何がいいんです! ちっともよくないですよ!」
 くるりと背を向けた先輩を慌て引き止めて、まくしたてた。
「あなたね! 代わりを頼むなら頼むで正攻法で頼んでくださいよ! 僕はあなたの頼みなら引き受けるんですから、こんな騙し討ちみたいな卑怯なやり方はいい加減にやめてください!」
「……怒ってる?」
「いや、怒…っ」
 しゅうぅと気持ちが萎む。怒ってはいない。怒るだけ無駄じゃないか。またのらりくらりとかわされるのだ。喜怒哀楽で言ったら、怒より哀に近いだろうな。
 はぁぁとため息をつく。
「お土産です」
 と、宴会場から掻っ払って来たケーキの切れ端を差し出した。
「ケーキ? 俺、甘いのは、」
「嫌いなのは知ってますよ。でも、ないとクリスマスっぽくならないので」
「クリスマスっぽいことなら、散々してきたでしょーに」
「先輩はしてないでしょ」
「俺は別にしなくても」
「それじゃ僕が嫌なんです。先輩が一緒でないと」
 これは先輩ためではない、僕のためだ。
「ハイハイ、メリークリスマース」
 先輩は投げやりに言った。
 あーあ、こんなはずじゃなかったのに。今頃イチャイチャベタベタな夜を過ごすはずだったのに、僕はどこを間違えたのだろう。
「あっ」
 と声を上げた。
「そういえば結局プレゼントがありません」
 そうだ、あの時うっかりはぐらかされたのが悪いのだ。妙な言い回しを曖昧にしたせいで、僕はしなくていい努力を一週間続けたあげく、サンタという名の道化師になるはめになったのだ。あの時、もっとちゃんと追及していれば、こんなことには。
「なくていいよ」
 僕ばかりケーキをつつく横で、先輩が言った。
「どうしてですが。せっかくのクリスマスなんですし……」
「テンゾー、俺、何が欲しいって言ったか覚えてる?」
「覚えてますけど……お前って、でも、それは、」
 冗談じゃなかったのか?
「プレゼントなら、ちゃんとここにあるでしょーが」
 先輩の指が、僕の頬を突いた。かと思うと、口元についていたらしい生クリームをぬぐい、その指をぱくりとくわえ顔をしかめた。
「俺、やっぱり甘いのはダメだわ」
「……みたいですね」
 プレゼントは僕、とか本気でそんなアホなことを言うのだろうかと、僕はぼんやり考えた。また狐につままれるんじゃないかと先輩を見やると、紐を渡された。紐、というよりはリボンだ。長さは三十センチあるかないか。
「何です、これ」
「巻いて出直せって言ったでしょ」
「本気ですか!?」
 こんなもの、どこに巻くのだ、と先輩とリボンを交互に見る。
「テンゾウ、お返しは何がいい?」
「くれるんですか!?」
「俺ばっかりもらってちゃフェアじゃないからね。まぁ無理なものは無理だけど」
 やっぱり狐につままれている気がする。この際、夢でもいいか。
「そんな御大層なものはお願いしませんよ。僕が欲しいのは、あなたの言葉です」
「言葉ぁ?」
「言ってください、好き、って」
 はぁぁと、呆れたように、ため息をつかれた。
「……お前、欲がなさすぎない?」
「誰かさんのおかげです」
 どうせ、それは無理なものの範疇に入る、とか言うのだろうと思ったら、先輩がおもむろに近づいて来て、口を塞いだ。
 僕の一番欲しいものはキスじゃない。やっぱり先輩は先輩だな、と苦笑いした。まぁ、いいか。妥協して目をつむる。そういえば触れるのは一週間ぶりだということを思い出したら、途端に物足りなくなった。こんなキスじゃ満たされない。もっと、と追い求めようとした瞬間、先輩は身を引いた。不満に薄目を開けた瞬間に、唇が触れるか触れないかの至近距離でささやかれる。
「テンゾウ、好き」
 相変わらず卑怯な不意打ちだ。びっくりして僕は目を丸くした。一体どんな顔をして言ったのか、見たかったのに、今度こそ深いキスをされて抗うことができず、流されるように散々むさぼり尽くした。

「先輩、僕も好きです」
「うん」
「うん、じゃなくて、もっかい、ちゃんと聞きたいですんですけど」
「テンゾウ残念だったね。クリスマスはおしまい。サンタはさよなら」
「え、」
 確かに、気がつけばとっくに十二時を過ぎて、日付は変わっている。
「だ……だって先輩の言い方、ずるいですよ!」
「どんな風に、って注文はなかったはずだけど」
「またそうやって逃げる!」
「じゃあ特別サービス。好き好き大好きぃ。これでいい?」
「いいわけないでしょ、棒読みしないでください!」
「わがままだなぁ」
 頭をぐしゃぐしゃ撫でられる。だんだん『好き』なんてのは僕に都合のいい幻聴だったのかもしれない、という気がして来た。
「好き」
「……え?」
「ってね、思えば思うほど、言葉にするのが白々しい気がするんだよね。どれくらい好きかなんて、たったの二文字じゃ伝わらんでしょ」
「先輩……好きです!」
「テンゾウ、俺が今言ったこと聞いてた?」
「聞いてましたよ。要するに先輩は僕が好きってことですよね」
「ぜんぜん違う」
「じゃあ、愛してます」
「五文字にすりゃいいってもんでもないからね」





(101127)
カカシさんに初めて好きだと言わせることができました。わぁぁ。クリスマスすげぇぇぇ。




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