花束


「やあ、少年」
 ニカっと笑いながら振り返ったその人を、俺は言うべき言葉も言わず、ただ突っ立って眺めていた。
 純白のドレスに、結い上げられた赤い髪。
 スラっとしたデザインのドレスに身をつつんでしまえば、普段の男らしい獰猛さや子供っぽい仕草は消え、彼女はただの美しい花嫁になっていた。
 正直ドキッとした。今まで彼女に女らしさなんてものは感じたことはなかったのに、今になって、この人もちゃんと大人の女性だったのだ、と思い知らされた。
 ああ、そうか。きっとあの人は彼女のこういう面を最初から知っていたのだろう。知らなかったのは俺だけだ。そんな簡単なことにようやく気がついた俺は、とんだ大バカ野郎だ。
 彼女の笑顔から視線を落とし、ひたすら床を見つめていた。“おめでとう”を言わなければならない。『ご結婚おめでとうございます』と。
 けれど俺は、どうしてもその言葉だけは咽に詰まって声にならなかった。もしもおめでとうと言ってしまえば、二人を認めたことになる。認めてしまえば、俺の気持ちはどこへ行くのだろう。自分がどうなってしまうのか予想もできなくて、先の見えない不安と、どうにもできないもどかしさで、もう身動きがとれなかった。
「似合う?」
 ただ無言で立っている俺に、彼女は言った。かろうじて小さく頷く。
「意外と」
「意外って失礼じゃない?」
 彼女はぷくぅと頬を膨らませた。花嫁には似つかわしくない、子供っぽい表情。そうかと思えば、それから、ふぅ、と息をついて、いやに真面目な声で言った。
「カカシくん」
「はい?」
「私は君に謝った方がいいのかな」
「は?」
 どうして、と顔を上げると、そこにはやっぱり凛とした女性の表情。またしてもどきりとする。
「だってミナトは私がもらうもの。君には渡さない」
 彼女ははっきりと、強い調子でそう言った。オレは、その意味を、考える。そうして、わかってくると、みるみるうちに目を丸くする。
「なん、で……」
 掠れた声が出た。信じらんない。どうして?
 絶対誰にもわからないと、思っていたのに。
 どうしてこの人はそれを知っている。オレが、先生に恋慕していたなんて。誰にも知られない自信があったのに。
「見てればわかるよ」
「うそ。だってそんなこと言われたことがない」
 当の本人にでさえ気づきはしなかった。それとも知っていて知らんぷりをしていたとでも言うのか。
「嘘じゃないよ。だって私、君の気持ちがよくわかるもの。きっと同じように、あいつのこと好きだったでしょ? そういう人の目って、見ればすぐにわかる」
 唖然だ。やっぱり彼女にはかなわないのか、と思った。
「でも先生を好きだった人は他にもたくさんいたはずだけど」
 それなのに、彼女だけがわかった。他の誰かに見抜かれたことはなかった。その時ふいに窓から風が吹いた。彼女の髪に差さっていた白い花が一輪、足元にぱさりと落ちた。
「そりゃねー、きっと気持ちの大きさの問題よ。私があんまりあいつのことをじっと見てるものだから、君のことまで透けて見えちゃったのね」
 オレは落ちた花を拾う。造花かと思ったら、生花だった。この花を、握りつぶしてやりたい衝動と、元へ返さなければいけないと思う理性が、手のひらの上でせめぎあう。少しでも力を入れてしまえば、きっとこの美しい花は、ぐしゃりと潰れて無残な姿をさらすだろう。
 そうしてやりたかった。
 でも、してはいけない。オレにはそんな権利は許されていないのだ。理性を総動員して、彼女の髪に、白い花を挿した。
「俺は、あなたのことは嫌いじゃないです」
「そうなの? それにしちゃ随分睨んでるけど」
「そうですね。嫌いじゃないですけど、許せないんです」
 許せないのは、彼女ではない。どうしようもない、オレのこの気持ちだ。彼女から手を離し、ぽつりと呟いた。
「やっぱり式に出るのやめようかな。あんたたちが幸せそうに笑うところなんて見たくない」
「ミナトが泣くよ」
「ざまあみろですよ」
 俺はそう言い残して、部屋を去るべく、くるりときびすを返した。おめでとうは、言わないことにする。いつか心の底から二人の幸せを願うことができるようになればいいと思った。
「カカシくん!」
「なんですか」
「式においで。君にブーケをあげるから」
「は?」
「花嫁のブーケを受け取った人は、次に幸せになれるんだよ」
「嫌味ですか、それ」
「ライバルへの、最初で最後の贈り物よ」
 彼女はニカっと大口を開けて笑った。やっぱり花嫁姿は似合わない気がした。


(1009??)
よん←かかテイストにしてみましたが、クシ←カカでもいいと思う実は。
どっちみちナルトが生まれて悶々みたいな。

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