熱血男


「カカシィィィ! 勝負だぁぁぁ!」
 朝から耳をつんざくような声に、俺はげんなりした。
「やめてくんない、お前の暑苦しい顔、今見たくない」
 もっと言うと、涼やかだろうと見たくない。要するに今は誰とも関わりたくなかった。人を相手にすることが億劫になっている。

 そうなった原因はヤマトだ。

 ヤマトと喧嘩をして、俺は自己嫌悪の真っ最中だった。自分が嫌いだと、人と付き合うのも嫌になる。

 ガイのおかっぱを見ていたら、ますます自分が嫌になってくる。しょっちゅう自信喪失する俺とは対極に、どうしてガイは年がら年中テンションが高いんだ。それが少しうらやましい、なんて今日の俺はどうかしている。
「ん、何だ、どうした。喧嘩でもしたか!?」
「お前には関係ないでしょー」
「ある! お前とはいつもベストコンディションで戦いたいからな!」
「戦わなくていいよ」
「つれないことを言うな。青春は今しかない!」
「俺たちもう三十路でしょ。青春って歳でもないよね」
「何を言う! 男は一生青春だ!」
「青春は今しかないんじゃなかったの」
 ガイはちょっと変な顔をした。それからすぐ暑苦しい顔に戻る。
「今の青春は今しかない!」
「屁理屈だな」
 思わず馬鹿にするように、ふふんと笑ってしまった。しかしガイは気分を損ねるでもない。
「喧嘩の原因は何だ」
 一度冷静になって、そう聞いた。喧嘩したなんて言ってもいないのに、お見通しだ。しかしガイは、誰と、とは聞かない。押し付けがましいようで、俺が本当に嫌がることはしないのだ。
「忘れた。どうでもいい小さなことだよ」
 思い出そうとして失敗した。そもそもの原因は何だっけ。もうあなたなんて知りません! ああ、そう、それで結構! そんなやり取りをした覚えはあるが、その前がどうだったのか……覚えないくらいに、くだらないことだったのだろう。
「まあ、それだけ大事ってことだな」
 ガイはうんうんと勝手に頷いている。
「何でそうなるのよ」
 俺とは真逆の結論。以前から思っていたことだが、一度こいつの脳みそを切り開いて、のぞいてみたい。俺とは根本的に構造が違う気がした。
「大事な人ほど、些細なことでも話合う必要がある。近いと何でもかんでも見えてしまうだろう。小さなズレが気になるのは、それだけ親しい証拠だ。どうでもいい人なら無視するのは簡単だろう?」
 特にお前は他人と距離を置くのが得意だからな、と付け加えたガイは、パチッとウィンクをした。うぇぇ、キモい。……キモいが、言っていることは俺の心に静かに染み渡る。
「……そうだね」
「喧嘩するほど仲がいい、と言うだろう。大事な相手なら遠慮はいらん。どんどん喧嘩をしろ。大切なのは、後できちんと修正することだ。修正できれば、前よりもっと近づける」
「……そうだね」
「だから逃げずに本気で立ち向かえ。中途半端にするな。本気で喧嘩をして、本気で仲直りをしろ」
「うん」
 俺はふらりと立ち上がった。一人で自己嫌悪してるくらいなら、ヤマトに素直に気持ちをぶつけた方が随分建設的な気がしたのだ。
「ガイ、ありがとう。何か元気出たよ」
「そうか! それは何よりだ! それならカカシ、俺と勝負を――」
「お前と勝負してる場合じゃないよ。謝りに言ってくる」
「おい待てカカシ! 俺から逃げるのか!? たまには本気で向かって来い!」
「やだよ。これ以上お前と親しくなってどうすんのよ」
「まだまだ足りんだろう!」
「やだ、暑苦しい」
 じゃーね、と手を振って、俺はガイの前から消えた。

 で、俺はヤマトのところへ向かう。正直めんどくさい。ヤマトはねちっこい男だから、いつもはほとぼりが冷めるまで放っておく。そうして忘れた頃に何食わぬ顔で元サヤに戻る。それが一番、手間がない方法だ、と思っていた。

 けれど、それだから進歩がないのだと、ガイの言葉で気づいてしまった。だから何度も似たような喧嘩を繰り返す。ヤマトと付き合う気があるなら、手間をかけなきゃダメなんだ。

――逃げずに本気で立ち向かえ――

 そんなことを本気で言うガイだから、俺もたまには本気を出そうという気にさせる。

 あいつの暑苦しさは、人を動かす力があるんだな、ということに感動しながら、俺はヤマトを訪ねた。ヤマトは俺がこんなに早く来るとは思ってなかったのだろう、驚いたような顔をしていた。

「あのさぁヤマト、話があるんだけど――」

 しばらくして俺はガイに乗せられたことを若干後悔していた。ああ、俺はまた逃げようとしている。俺にはやっぱりガイのような熱さはない。あの暑苦しさが、うらやましくなる。

 もう一度ガイに背中を押してもらいたいものだ、と思いながら、ネチネチと続くヤマトの愚痴のような説教を、を延々と聞いていた。



(101225)



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