「何それ」
 先輩は訝しげに目を細めた。
「だから、僕には子供は作れませんから」
「別に作ろうなんて言った覚えないけど」
「でも欲しかったんじゃないんですか」
「……俺、子供は嫌いだよ」
「自分の子なら話は別でしょう」
 往来で何をしてるんだ、と馬鹿馬鹿しい気持ちと、自分で言って自分を惨めにさせて泣きたい気分とが交じり合って、わけがわからなくなってきた。もしかしたら酒が回っているのかもしれない。さして飲んだつもりはなかったけれど、弱い僕には十分影響があるのかもしれない。
「どうしたらそんな思考回路になっちゃったわけ?」
 もう一度子供を抱きなおして、先輩は言う。この話し合いには、子供は邪魔だな、と思った。いつ起きるかわからず、どきどきしながら僕は子供の頭を見つめていた。起きてしまったら、せっかく先輩との大事な話が、いいところでお開きになる。それは嫌だ。
「先輩、キャッチボールがしたい、って言ってたじゃないですか」
「言ったけど」
 僕の中で、目の前の二人が昨日の親子の風景に重なった。今先輩が抱えているのは、どうやら先輩本人らしいが、傍から見れば、ただの親子だ。先輩に子供がいたら、きっとあの子供とそう変わらないだろう。子供が先輩を自分の父親を見間違えたくらいだ。それくらい親子は似ているということだ。
「でもねヤマト。自分の子供とやりたいなんて言ってないよ」
「じゃあ何であんなこと言ったんです」
「それは……」
 先輩はもごもごと口ごもりながら、言葉を探した。
「あれはさ、俺がもっと親父に遊んでもらえばよかった、っていうだけで、自分の子供にそうしてやりたい、なんて思ってないよ」
「………え、」
「勝手に話を飛躍させないでくれない?」
 先輩の腕の中で、子供がもぞもぞと動いた。起きたか、と思われたが、相変わらずくぅくぅと寝息を立てている。
「むしろ、子供が欲しいと思ってたのはお前じゃないの」
 急に冷たい声が響く。
「ないですよ、それは」
「何で」
「だって僕は人体実験の生き残りですよ。自分の体がどうなってるんだか、未だにわからない部分があるんです。今までは何ともなく過ごしてきましたけどね、いつどうなるかわからないんです。そんな恐ろしい遺伝子を、子供に継がせるわけにはいきませんから」
 つとめて淡々と言ったつもりだったのに、じわじわと目頭が熱くなった。どうも涙腺が弱くて困る。
「それは子供を作らない理由で、欲しくない理由じゃないよ」
 そう言われ、つまり僕は自分の願望を先輩に投影していたのか、と気づく。何だか頭っから冷や水をぶっかけられたような衝撃だった。
「僕は、」
 と言いかけて、次の言葉が出ない。自分でも何が言いたいのか、よくわからない。
「俺は、お前がいればいいと思うよ」
 珍しく先輩がすらすらと優しいことを言うので、僕は目を丸くした。
「大体ねぇ、お前と色々ヤッてる時点で、子供作ろうなんて気は起こさないよ」
「それはそうかもしれません。でも、」
「二人で寂しい老後を送ればいいじゃない」
「………」
「まぁ一度くらい、親の気分を味わってみるのもいいかもしれないけどさ」
 僕がハナミズをすすったら、先輩はそんなことを言って笑った。
「綱手さまがね、こいつを元に戻すには最低一週間はかかるっていうのよ」
 時空忍術なんて使える人間は、そんなに多くない。呼んでくるのに、それだけの時間を要するらしい。ということは、しばらく子供はこの世界にいる、ということになる。
「しばらく親子ごっこしようよ」
「カカシ先輩と僕と、ですか」
「そう。俺と俺とお前で」
「……それは、どっちがお母さんなんでしょう」
 至極真面目に聞いたつもりだったのに、先輩は途端に吹き出してしまった。面白いこと言うね、と笑い続けるので、子供が目を覚ます。むにゃむにゃしながら眠そうに目をこすり、先輩の腕の中で、小さくくしゃみをした。
「寒いから早く帰りましょうか」
 くるりときびすを返す。こんなところにいたら、風邪をひきそうだ、と子供を見て思う。先輩と同じ色の目が、僕をじろじろと見るので色々と先輩に言いたいことがあったのに、子供の前で言うのもはばかられて黙った。ああ、こういうの親子っぽいかもしれない、なんて考える。

「あ、ところで先輩」
「何?」
「昨日のカニ、どうなりました?」
「食ったよ」
「一人で!?」
「俺とこいつで」
「……残りは?」
「あるわけないでしょ」
「………」
 はぁぁ、と吐いた息が、白かった。そこへ先輩が寄ってきて僕に密着した。
「何です」
「ね、ちょっと、交代」
「何を」
「抱っこ疲れちゃった」
「………」
 自分の面倒くらい、自分でみたらどうですか、と言いそうになったが、まぁ親子ごっこも悪くない気がした。
「しょうがないですね」
 僕が手を伸ばすと、カカシ少年に思い切り手を振り払われた。僕なんかに抱っこされるのは御免だとばかりに、先輩にしがみつく。
「あら」
「………」
 小さくても先輩は先輩なのだ、と知った。



(101208)
カカシを「父さん」と呼ばせたかっただけの話。

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