僕らは先輩そっくりの子供を連れたまま、行きつけの飲み屋にいた。子供を四人も連れて飲み屋はどうかと思うが、鍋がうまいから、と先輩が言って、そのまま入ってしまった。

 カカシ先輩の話によると、どうやらその子供は過去の“はたけカカシ”なのだそうだ。時空空間のひずみに落っこちて、過去から飛んできたらしい。僕の隣にいるのは現在の“はたけカカシ”三十路のおっさんで、僕と先輩の間にちょこんと居座っているのは二十五年前の“はたけカカシ”五歳児というわけで、つまり“はたけカカシ”が二人いるという奇妙な事態が発生しているらしい。

 昨日のことを思い出して、そうか、と納得する。昨日カカシ少年が「カカシ」と言ったのは、先輩のことを呼んだのではなく、自分の名前を言いたかったのだ。

「まぁ、時空忍術ってのがあるにはあるけどね、そうそう簡単に使えるものじゃないから……って、お前たち、俺の話を聞いてる?」
 先輩がしゃべるのをよそに、三人はメニューに夢中だ。
「わかったってばよ。つまり先生に子供はいなくって、そのチビもカカシ先生なんだろ?」
「そうなんだけど」
「そんなことより腹減って死にそうなんだけど」
 先輩の言葉を一蹴して、ナルトが口を尖らせる。
「先生、カカシくんの分はどうしますか。お鍋、一緒でいいですか。それとも別の物を頼みますか」
 サクラは手際よくお子様向けのメニューを探していた。
「一緒でいいと思うけど。何でも食うから」
 そう答える先輩を、サイはお冷を口に含みながら、じろじろと観察していた。
「どいつもこいつも順応早くて助かるねぇ……」
 騒がしい居酒屋の中で、ぽつりと先輩はぼやいた。もしかすると、一番事態を飲み込めていないのは先輩かもしれない。僕は正直、子供が何者であろうと気にならなくなっていた。それよりも先輩は家族を作ろうとは思わないのか――そればかり気になって、食欲もなく、ちびりちびりと酒を舐めている。

 早々に先輩の嘘のような話を鵜呑みにした彼らは、子供よりも最早食うことに興味が移っているらしく、さっそく鍋をつついていた。
「ナルト! あんたは手ぇ出すんじゃないわよ!」
「なんでだよサクラちゃん!」
「肉ばっか持ってくからよ! 貸しなさい、よそってあげるから」
 鍋がぐつぐつよ煮えると、サクラが全員分の器をひったくって、取り分けていた。その様を見た先輩が「まるでお母さんだな」と笑う。ちらりと横を盗み見すると、僕には絶対向けないような、穏やかで優しい目に、僕はひどく打ちのめされた。

 家族か。先輩だって少なからず家族に対する憧れはある。僕と関係を続ける以上、それは手に入らない望みだ。この人を幸せにしたい、そう心底願うのに、僕には叶えられない。それを考えると、心をぐちゃぐちゃに引っ掻き回された気分だ。
 こんな時、酒でも飲めればいいのだけれど、僕は酒にすこぶる弱い。彼らの前で醜態を晒したくはないし、先輩に介抱されるのもシャクだ。相変わらず行き場のない感情が、僕の中でぐるぐるしていた。


 夜遅くまで未成年を飲み屋に残すわけにもいかないので、食うだけ食ったら、あっさりお開きとなった。
「ごっそさん!」
「おいしかったー」
「ありがとうございます、ヤマト隊長」
「あれ? 君たち、僕におごられる気満々なの?」
 もちろん、という顔の三人だが、それは予想の範囲だから、構わないとして。
「俺もね」
 そう付け足した先輩を、僕は思い切り睨みつけた。
「先輩は僕と割り勘です」
「冗談よ……怖い顔しないでよ」
 今の僕に先輩の冗談は通じない。否、冗談を受け止めるほどの余裕が僕にはない。
「じゃーまたなー隊長!」
 ナルトたちが手を振るのを見送ってから、僕は暗い夜道を歩き出した。カカシ少年はすでに眠くなっているらしく、うつらうつらしていて、先輩はそれを抱きかかえて走ってきた。
「ちょっとヤマト」
「何です」
「何を怒ってんの、お前は」
「怒ってるように見えますか」
「見える」
 無視して歩き続けると、先輩は、はぁ、とため息をついた。
「ヤマトさー、俺の足の付け根んとこに痣あるの知ってる?」
「知ってますけど」
「あれってさ、生まれた時からあるらしいのね」
「はぁ」
「だから多分こいつにもあると思うのよ。風呂入った時にでも確かめなさいよ」
「はぁ?」
 ようやく僕が振り返ると、先輩は「違った?」と首を傾げた。
「何の話です」
「隠し子、まだ疑ってんじゃないの」
 つまり同一人物である、という証明がしたいようだ。
「その子供はあなた自身だって、自分で言ったじゃないですか」
「そうだけど、信じてないのかと思って」
 違うのか、とぼやきながら、先輩は落ちてきた子供を抱え直す。父さん、という声が聞こえた。どうやら寝言のようだ。
「俺が父さんだって。笑っちゃうね。俺、そんなに親父に似てるかな」
 笑えない話だ。ちっとも笑えない。
「あなたも、そういう歳になったってことでしょう」
「やだなぁ。俺は父さんのようにはなれそうにないよ」
 先輩の父親のことを、僕はそんなに知らない。名の知れた人だったから人並みに情報は持っているけれど、先輩の口から直接聞く機会はそんなになかった。だから、先輩の言う「父さん」が果たしてどういう人物であるかはわからない。けれど。
「あなた意外と父親役お似合いですよ」
 今、子供を抱えている先輩は、お似合いの親子に見えて、この人にも、そんな幸せがあるべきなんじゃないかと思った。まして先輩がそれを望むのなら。
「だから隠し子じゃないって。やっぱり信じてないでしょ」
「信じる信じないの問題じゃありません」
 このまま往来で話す内容ではないな、と僕は再び歩き出した。が、先輩は僕の腕を掴んで引き止めた。
「ねぇ、じゃあ、どういう問題?」
 鋭い目が、僕を射抜いた。いつになく真剣な顔に、普段の僕なら喜んだかもしれない。先輩が真面目に僕と向き合ってくれることは少ない。怒らせてでもいいから、こっちを向けとさえ思う。それなのに、子供のくてっとなった後頭部が視界に入ると、僕は何の駄々をこねてるんだろうと馬鹿らしくなった。
「言いなよ」
「嫌です」
「何で」
「言ってもどうしようもないことだからです」
「どうしようもなくても、言ってよ」
「あなたを困らせるだけですよ」
「それでもいいよ」
 ジジッと頭上で電灯が鳴った。虫が飛んでいる。闇夜の中に人工の明かりが煌々と照らされて、お互いの顔がよく見えた。
「ねぇ、言ってよ」
「僕はあなたを幸せにはできないと思うんです」
 カチカチと電灯が点滅した。

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