※日向に嫁さんと娘がいる設定。色々と許せる方向け。



私の初恋相手は、ずっと叔父さんだと思ってた人。



実はその人はパパの中学からの親友で、名前は伊月俊さん。幼稚園に通ってた頃から好きで、小4で告白。見事に玉砕。好きな人がいるからなあ、なんて笑われた。それが、とっても悲しそうに笑うもんだから、私が泣きそうだったのも忘れてしまった。このときの伊月さんを、私はずっと覚えている。

俊ちゃん俊ちゃんと私がずっと慕ってきた人は、パパと同い年とは思えないくらい格好いい人だった。物心ついた頃から俊ちゃんなんて呼んで、駄洒落も伝授してもらって。パパよりずっと長い時間くっついて歩いていたから近所の人に年の離れた兄妹だと思われていたらしい。それくらい伊月さんは若作りで、格好いいというか綺麗というか。誰から見てもそうだったというのだから驚きだ。昔はさぞかしモテただろうと思う。でも、私はそういう話は一切聞いたことがない。青春時代の話になると、パパも伊月さんも必ずバスケの話しかしなくなるのだ。おかげで私も、今じゃ毎日ボールを追いかけて走り回る生活を送っているのだけれど。

伊月さんは年を重ねるごとにその魅力が増していくようで、私は失恋後もその横顔に見とれてしまうことが度々あった。
独り暮らしの彼の部屋に入り浸っては、愚痴を聞いてもらったりご飯をご馳走してもらったりしていたのだ。1週間も家に帰らなかったことすらあった。所謂反抗期というやつで。さすがにそのときはママにもかなり怒られた。いくら仲が良くても親戚でもない男の人の部屋にいつまでもいるのは駄目だ、と。ママには、どことなく彼を避けている節があるのだ。その理由が解るのは、もう少し後。伊月さんが引っ越してしまってからだった。



一度だけ、伊月さんに訊いたことがある。

ねえ、前に言ってた好きな人って、誰?まだ好きなの?

数学を教えて貰っていたとき、休憩しようかと台所に立った彼の背中に声を掛けた。
そのとき突然、なんとなく気になっただけだった。
友達が、その月で二人目の彼氏を作った日ということもあったと思う。
私が告白する前もしてからも片思いし続けているのなら、一体何年越しの片恋なんだろう、とか、そういう軽い興味。それがどれだけ彼の心を苛ませているのかなんて、考えもしなかった。今でも想像がつかないのだけれど。
たしか、そのとき伊月さんはびっくりした顔をして、それから笑ったはずだ。その笑顔には確かに見覚えがあった。ぎゅうぎゅうと、私の胸を締め付けて止まない、彼の切ないその目尻の皺。


そんなこと忘れてた、ずっと好きで好きで、そう思ってることが普通だったから。そうだね、まだ好きなんだと思うよ。じゃなきゃこんなに、


この先は、タイミングよく鍋から吹き零れた牛乳に遮られてしまった。
聞き出す勇気なんか、これっぽっちも湧いてこなかった。







今年、伊月さんから初めて消印のある年賀状が届いた。
それにはただ一言、会いたいなあ、とだけ書かれていて、パパひとりに宛てられた年賀状だった。パパは、いつも以上に眉間に皺を寄せてそれを眺めていた。

私には随分遅れて、別に封筒が届いた。
まるで、その時がわかっていたかのように、たまたま気紛れに開けた郵便受けのなかでそれが1つぽつんと私を待っていた。

近況とか、私を心配する言葉とか、たまに駄洒落が挟まっている、ごく普通の手紙。1枚の便箋に綺麗に収まっていた。
でも、封筒の中身はそれだけではなかった。
もう1枚同じ便箋と、それから数字が書かれた10センチ四方のメモ帳。電話番号ではなさそうだった。数字のあとに、あれの読み方、と走り書きがある。

『結局、日向には渡せなかったので君に預かっていて欲しい。日向には秘密でよろしく。あと、640332042104653212って伝えといて。どうせわかんないだろうけどって言ってたって』

便箋にはそう書かれていた。

意味がわからない。ていうか私も日向だけど。そんな言葉は呑み込んで、誰にも見つからないように手紙をしまいこみ、パパには手紙が届いたことと、あとは数字だけ伝えた。やっぱり私と同じように、わけがわからないって顔をしていた。


暗号。それに気がつくのにはちょっと時間がかかった。きっかけはオバサン先生の授業だった。
雑談のなかで、ポケベルのことを知ったのだ。数字だけで文字を作って、メールみたいなことをしてたって。

数字?あ、そういえば。
芋づる式に真四角のメモ帳を思い出した。でも伊月さんもポケベルなんか使ったことないくらいの歳じゃないだろうか。
そう思って、その日の夜、あのメモ帳を取り出した。


『3322 15711421043322

あれの読み方。ちょっと付け足したけど』



すき
おまえがすき

へんじがほしい



先生から聞いた通りに数字を文字に置き換えてできたそれは、ただの恋文だった。

心臓が一瞬止まったんじゃないかというほどの衝撃。なにこれ、そんな、こんなはず、ない。だって、だって。

ただ、それは、どんな言葉よりも切実なものだった。

ボタボタと零れ出した涙が、綺麗な文字を滲ませて。
さんさんにーにー。
たった4つの数字。わかりそうでわからない、でも単純な暗号。

わざとこんなものを選んだ理由、こんなものですら渡せなかった彼の気持ち。私は、もう近くにはない彼の笑顔を思い出して、ぐずぐず泣き続けた。
彼が、きっとずっと堪えてきた分も涙を流した。





結局、その手紙は父親の手に渡った。








『伊月さんへ

お元気ですか。私はめちゃくちゃ元気です。今回手紙を送ったのは、他でもない、伊月さんの意味不明な暗号について、その結末をお教えするためです。手紙なんて慣れないことをしているので手短にいきます。俊ちゃんには悪いけどパパに渡しちゃいました。乙女を泣かせた罪は重いんですよ。あなたのキャプテンは、近いうちに出張に行く、なんてバレバレの嘘ついてます。もしかしたらこの手紙が届く前に行ってるかもしれないけど、そのときはごめんなさい。

追伸。漢数字の書き方が悪すぎるし、渡し方も紛らわしかったっつーのダアホって、半泣きでした。年頃の娘仲介にしないで欲しかったかも。』



三三二二

縦に並べられた四つの文字は、どうみても長さの不揃いな10本の横線だった。これを渡す彼の臆病さもさることながら、後生大事に取っておいてる方も阿呆だな、なんて。

もう二度と戻りはしない月日に後悔しながら生きてきた二人の秘密は、私が全部握っているのです。




















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130226

変なの書いてごめんなさい。後悔はしていません。うん。
結局ハッピーエンド寄り。
に、無理やり持っていきました。はい。

日向の娘やら嫁さんやら捏造してしまって、一番辛いの自分です。伊月さんが片思いなの辛い。打ちながら涙目になる始末。二度と書きたくない。そんでも、どうしても今日の夕方突然降って湧いてきたこのネタを書かずにはいられなかった。暗号ラブレターはずっと書きたかったものだったんだけども、こんな展開は全く予想していなかったね。いや、ほんと、すみませんでした

11→あ
22→き
33→す
こんな感じですかね…
濁点は04ってことにしたんですが、まあネットで調べたんで他のパターンもあるのかなーとか、どうかしらん…ポケベルは全く知らん世代です。えへ。


お粗末!