夜8時、誰もいない家でソファに寝転がりエロ本を捲っていたらインターホンが鳴った。面倒で無視していたら、しばらくして2度目が鳴った。居留守を決め込む。 しかしなんともしぶといことに、3度目が鳴った。 舌打ちをして立ち上がり、だらだらと玄関へ。 面倒で、外を碌に確認せずに扉を開けた。 その瞬間、ガツッという衝撃がドアノブを握った左手から伝わってきた。 「わ、わっ!」 「お?」 どうやら足が扉にぶつかったらしく、外の男が数歩慌てて後ずさった。 「あ、新聞の集金に伺いましたっ……て青峰!?」 「は?」 忙しなく頭を下げたと思ったらガバリと上げられた顔がまじまじとこっちを見上げてきた。名前を呼ばれて思わず鋭い声が口から飛び出した。 「アンタ誰?オレの知り合い?」 開いたままの扉に寄りかかりながら尋ねる。新聞配達の兄ちゃんは苦笑いを浮かべた。微かな笑い声に、さらさら髪の毛が揺れた。 「あー…、一応黒子の先輩だったんだけど、覚えてるわけないか」 「まじか」 「まじだ」 「誠凛か……待て、その女顔、アンタあいつか!」 ポン、と浮かんだ記憶はテツがパスを受ける姿。指を差して叫ぶと、兄ちゃんは今度こそ吹き出した。 「伊月ね、伊月俊。PGやってた。つか女顔ってね、思ってても言っていいこと悪いことあるよ」 そう言いながら腰のポーチを漁り領収書を取り出した伊月サンは、そこに書かれた代金を読み上げた。 「あ、代金払う大輝」 「…あ?」 「まさか通じない?」 「なんの話だ?」 「……なんでもない。ええと、これ、払えそう?お金ある?」 「あー、母ちゃんの財布持ってくるから待ってろ」 「了解」 伊月サンが、微笑んだ。 「――へえ、冬場辛くないですか?うわあ、手真っ赤じゃないですか!なんだったらあったかい飲み物…」 財布を持って外に出ると、なにやら話す声が聞こえる、と思ったらさつきだった。 「おいさつき」 「あ、大ちゃん」 「飯か?」 「うん!」 伊月サンがこっちを見上げながら数度瞬きをした。 「あ、幼なじみなんだっけ」 「それ、テツくんが?」 さつきが嬉しそうに笑う。 「うん。仲良いね、二人とも」 「そんなんじゃ…、」 「さつきうるせえ。伊月サン、これ、金」 なんとなく、この人に茶化されるのが嫌で話を遮った。小銭が札の上で滑り落ちそうになる。 「大ちゃん酷い!せっかくご飯呼びにきたのにっ」 頬を膨らませたさつきが高い声で喚く。そっちは見ないようにして小銭を掴んだ手を突き出すと、笑っていた伊月サンが我に返ったように背筋を伸ばした。 「おお、あ、ちょうどだね、毎度あり!じゃあ俺はこれで」 代金を渡したときに触れた手は、冷え性のさつきの手よりも冷たかった。 片手を上げた伊月サンをさつきが呼び止める。駆け出したさつきは軽く伊月サンの背中を押して、オレに視線を送ってくる。引き止めてくれってか。 「伊月さん、ちょっと待っててください!パパの缶コーヒー取ってくるので!」 「いいって、もう行かなきゃ…」 「伊月サンよー、来月も来んのか」 さつきを止めようとする伊月サンに、訊きたかったことを尋ねた。別に、さつきに言われたことをやったわけではない。伊月サンは驚いたようにこっちへ向き直った。さつきが親指を立てるのが視界の端に見えた。 「来月も、っていうか、しばらくは新聞配達に来るから毎日だな。担当の地区が変わらなければ、だけど」 「へえ」 「まさかこんなところでお前に会うとは思ってなかったよ」 伊月サンはそう言って、また笑った。他のどの笑顔とも重ならない、穏やかな笑顔。なんとなくむず痒い気持ちがして、ごまかしに頭を掻いた。 「時間、平気なのか」 「あ、やば」 「さつき、どうせ遅ぇから早く出たほうがいいぜ」 「でも…」 「また来るんだろ?」 「そうだな、じゃあ桃井さんによろしく!」 パッと駆け出した伊月サンが右手を上げた。さらさらな髪の毛が跳ねる。オレは挨拶もせずに、バイクに跨る伊月サンを眺めた。ヘルメットで隠れた顔に、む、と思ったのは何故だかわからない。バイクがドルルと音を立て、再び振り返った伊月サンが手を振った。応えはしない。それでも遠ざかっていく背中が暗闇に溶けて見えなくなるまで、ぼんやり外に突っ立っていた。 このあと、さつきに拗ねられたのは言うまでもない。 ------------- 130201 ヤマネズミさまリクエストで、青月。 キセキ月と迷いましたがこれで…。いかがでしょうか。楽しんでいただけたら幸いです。 青月馴れ初め、的な…… バイトしてる大学生伊月さんと、まだ高校生の青峰でした。この日から青峰の家の辺り一帯を担当する伊月さんです。 ぜんぜん青月になってませんが、想像で補ってくださったら(( 毎月の集金の日は覚えていて、その日は必ず青峰が玄関に向かうのを桃井さんが発見する。みたいな展開が眉毛の中にだけあります ヤマネズミさま、リクエストありがとうございましたっ!!! |