※同棲日月
※シリーズ→1/2

寒い。
起きたくはないのに目が覚める。枕元を探る。時計が無い。仕方なく体を起こす。
毛布がぺろんと体から離れていく。剥き出しの肌が冷気に曝されて一気に鳥肌が立った。


分厚いカーテンの向こうはまだまだ暗いようで、部屋のなかは薄暗い。

とりあえず、そこらへんに散らばっていた服を集めてゴソゴソ着る。服の下に紛れ込んでいた目覚まし時計の針は大体6時頃を指していた。足はなるべく外に出したくないので頑張って腕を伸ばす。たぶんこれ日向のシャツだ、と頭から被ったときに思う。続いて、その近くにあったズボンを掴む。これは昨日自分が着ていたジャージだ。立たずに膝の上まで足を通して、それから重い腰を上げる。あ、やべ、パンツ、と呟く。周りを見る。隣でこっちを向いて寝ている日向の背中側にある。もういいや、眠いし。ジャージを履いて布団に潜り直す。二人して適当に毛布を被って寝たせいでどこをどう引っ張ればいいのかわからない。日向に覆い被さっている布団をちょっと捲って侵入。温かい。足元の毛布もずるずると引き上げて、しっかり体に巻きつけて目を閉じる。少しずつ、ふわふわと体が浮いてくるような感覚がして、



隣の体温が離れていくのを感じて薄目を開けた。もごもご喋る。えっと、何て言ったんだ今。眠すぎてわからない。優しい声が聴こえる。まだ寝ていていいんだなあと感じる。日向が出ていって、余った布団をさらに自分の蓑に加えながら芋虫みたいに移動。ああ、これだこれ、この温もり。日向の体温。心地よくてニヤニヤしながらぼやぼや夢とうつつの境界を彷徨う。シャワーの音が子守歌のように聴こえてくる。すうっと息を吐いた。



目を開くと日向の裸足の足。肩を叩かれたのだ。ぱっちり目が覚める。ごろんと仰向けになって、顔を見る。

「おはよ」
「ん。もう9時半だぞー」
「あー、これは寝坊?」
「寝坊だな」
「日向が早起きなだけでもあるよね、日向起きたのって何時?」
「7時半。あ、お前何か飲む?」
「え、じゃあカフェオレ」
「フレンチトースト、冷める前に来いよ」
「えっ、朝ご飯もう出来てる?」
「まだ。これから」
「よかった、風呂入ってくる」
「ん」

すたすたと和室を出て行く日向がきっちり襖を閉めていくのを見届けて、それから布団をもそもそ抜け出す。ぽっかりと洞窟のような形のまま口を開いている毛布に後ろ髪を引かれながら、バスタオルを用意して和室を出た。

この和室は6畳で、リビングとは襖で遮られている小さな部屋だ。猫型ロボットでも住みついていそうな押し入れがあって、そこにタオルやら羽毛布団やら、共用のものを詰め込んでいる。昼間は炬燵を出しているこの部屋を寝室にしている訳は、なるべくリビングに集まって暖房代を削減したいという意識があるからだ。それにそもそもヒーターは1つしか買っていない。だから冬はここに2人で布団を並べて眠ることにしたのだ。
各々部屋を持っているくせに、考えてみれば部屋に籠もる時間は案外少ない。プライベートは守るようにしようと、同居する上で結んだ約束は実は無意味だったんだなあと笑ってしまう。喧嘩したときくらいしか役に立ってない。でも喧嘩した日の夜は何が何でも一緒に寝るとも約束しているので、それこそ外泊でもしない限り会話しない日などない。
男2人、法で縛ることのできない関係だからこそ、会話もしなくなったらいよいよ終わりだというのは暗黙の了解だった。だから、絶対に破ってはいけない約束というものを話し合って決めた。両の手に収まる数の約束ごと。これは、虚しい終わりを迎えないためのものでもあるのだ。


風呂から上がって、未だ重い体をダラダラ動かして服を着るうちに甘い香りが漂ってきた。ちょっとにやける。だんだん日向も料理を覚えてきていることが、なんだかとても幸せなことに思えたのだ。髪を拭くのもおざなりに、いそいそと台所に向かう。丁度、ちょっと焦げたフレンチトーストが皿に乗せられるところだった。

「焦げてる」

「それは見逃せ」

「ふふふ」

「何笑ってんだよ」

「んー、なんかさ、うん、美味しそうだ」

「訳わかんねー」

俺が運ぶ、そう言って2枚の皿を持ち上げる。油の匂いと焦げ臭さに混じってバニラの香りが目の前を掠めた。いい匂いだ。呟くと、嫌みか、なんて拗ねてしまった。ほんとにいい匂いなのに。完璧じゃないところが日向らしいじゃん、とは言わない。怒られてしまう。

揃いの黄色い持ち手のフォーク、食パンに付いてくるシールを貯めて獲得した白い皿、貰い物のマグカップ。全部が並んでから手を合わせる。もう10時過ぎだ。昼は何にしようか。そんなことを考えながらまずは一口。さっきから黙ってこちらを窺っている日向シェフのために、喋るより先に食べてみせる。じゅわ、音を立てた食パンはやけに柔らかい。油の味、続いて苦味、それらは一瞬で過ぎて、すぐに甘ったるい感触が舌の上でふにゃふにゃ溶けていく。

「及第点」

「おお」

「前より良くなったんじゃない?」

「DVDのおかげだな」

「え、なに?DVD?」

「ほら、見ただろ、古いDVD借りて。最後に父親と息子でフレンチトースト作るやつ」

「ああ、あれか」

「最後どうなったんだっけ」

「えっと、うーん……覚えてない」

「だろうな。途中伊月寝てたし」

「えー、そうだっけ」

「そうだった」

寝てない、寝てた、を3回くらい繰り返して、結局映画の最後も思い出せない。わかったのは、日向の映画に関する記憶が途中途中俺のことになっているということ。なんじゃそりゃ、お互いに馬鹿だ。俺も映画の結末を思い出そうとすると、いちいち登場人物に文句を言いまくっていた日向が先に思い出されるのだから。こんなんじゃ、法律が変わらずとも紙っぺら一枚で証明できる関係にならずとも、一生離れられないのだろうと納得。
それならこの下手くそな朝食もいつかは美味しくなるだろう。
腹の底から愉快になってケラケラ笑ったら、日向はびっくりしたような照れたような不思議な顔をした。









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121205

冬になりましたー
第3弾ですね、同棲日月
同棲と同居の違いがよくわかってないです。ちらちらと各話ごとに設定をほのめかしつつ。
ご飯ばっか書いてる気が。
家事は基本的にどちらも臨機応変に色々やる、と約束しています。押し付けるのよくない。だから料理修行してる日向です。

次は正月か春先になるかなあ……


珍しくダジャレが無いですね、あらまあ