「ちょっ、日向くんすっごい疲れた顔してるわよ。大丈夫?」

「あー……いや、平気、ではない」

「なんかあった?今夜暇だし、聞くわよ。閉じるまであと1時間くらい待ってくれたら」

「いや、悪い」

「いいからいいから。あ、奢ってね」

「お前な…」


そんなわけで片方のブレーキが利きづらくなってきた自転車をジムの前に置き、一週間分の疲れを癒すべくジムのマッサージ機にすっぽり収まって30分、爆睡しかけていた俺を相田は無理やり行きつけの居酒屋へ引きずっていった。




「ほんっとヘタレよねー、日向くんは。あと下戸」

「ヘタレは関係ないだろ」

居酒屋に来てお酒も頼まないなんて、とケラケラ笑う彼女はちなみにザルである。自転車で来てるし飲むわけにはいかないと反論すれば適当な返事が返ってきた。
店員におでんを頼みつつこちらを見てにやりと笑う顔に、な、なんだよと情けない声が出た。

「伊月くんでしょ?悩みの種は」

「ああ、まあ、そんな感じ」

「なに、また何かあったの」

「またってなんだよ」

「何言ってんのよー、しょっちゅう伊月くん悩ませてるくせに。ついこの前だって…あ、なんでもないわ。忘れて」

「おいちょっと待て、何か言われてるのか?」

「それより!最近伊月くん鉄平んとこにいるみたいだけど、どうしたの?」

「は!?木吉?サークルとか言ってたくせ……っつかなんでお前が居場所知ってんだよ」

「日向くんが知らないだけよ。電話とかメールは?まさかしてないわけじゃないわよね」

「1日1通はメールしてるって」

「どんな」

「『今日は帰らない』に『わかった』って返事するだけだけど」

「情けないわね!電話は?しないの?」

「3日目からはしてたっつーの。でも危ねーことしてるわけじゃなさそうだったから、好きなようにさせてただけで」

「で、なんと今までどこにいるか正確には把握していなかったと」

「………もしかして」

「避けられてるわね」

ここまで話してようやく自分が置かれている状況を理解した。なんてことだ。一週間も顔を合わせていないのを考えればすぐにわかるような話だというのに。
ぶはーっと息を吐き出して頬杖をつく。箸の先で軟骨の唐揚げを突っつきながらもう一度ため息。相田が幸せが逃げるなどと言って顔をしかめた。
しばらく無言で軟骨を咀嚼する。コリコリ、コリコリと噛み砕く度に気分ばかり沈んでいって、何の解決にもならない。
避けてるなんて思い違いかもしれないと考えるが、行き先を正直に伝えない理由が説明できないし、そういえばここ最近笑わなくなっていた、まさか本当に。あいつがゲイだと暴露した2年前の冬以来、一度ならず聞いた"タイプの男は木吉"の言葉がぐるぐる頭の中を回る。おかしい、なんでこんなに悩む必要がある。そもそも、あまりに伊月がいる生活に馴染んでいて忘れていたがあいつは居候だ。第一、こんなに疲れる理由がわからない。2年前のひとり暮らしの生活に戻ったようなものなのだから。そう思い込もうとすればするほど伊月の笑顔やらドアを開けたときに香る夕飯の匂いやらが蘇ってきて、それから2年前のあの告白がリピート再生され、あいつが黙って木吉の家にいることに焦りと苛立ちを覚えるのだ。
カラン、と箸を皿の上に落とし頭を抱える。これじゃまるで嫉妬しているようじゃないか。まさか、なぜ、何に?
ふんっと鼻をならしてジョッキを傾ける彼女に答えを求めるでもなく独り言のように呟いた。

「なあ、なんでだと思う」

「なにが」

「あーっ!もうわかんね」

「だから、何がよ」

「好きってなんだよ、なんだ、好きって……」

「そんなこと、」

おでんが置かれていくテーブルで、もう一度頭を抱えていたら相田が言いかけたことを聞き逃してしまっていた。