単語帳をパラパラ捲りながらコピー機が空くのを待っていたら、ツンツン、肩をつつかれた。


割と駅に近いコンビニだから利用者が多く、毎回順番が回ってくるまでに時間がかかる。今の時期は特に、小学生から高校生まで過去問の拡大コピーなんかをしにくるために、運が悪いと5人も並んでいたりするから困る。今日は2人の先客がいた。自分の前に並ぶ学生が持つ赤本の背表紙を盗み見て、その見知った名前に思わず溜め息をつく。ああもう何もかも投げ出してしまいたい。先生、バスケがしたいです。
ちょっとにやけて、それから細く長く息を吐いた。

ガラガラ、と自動ドアが開く音に顔を上げると同時に冷たい空気が滑り込んできて、コンビニに行くだけだと厚着してこなかったのを後悔する。マフラーだけでも巻いてこれば良かった、と背筋を震わせた。
ぎゅっと肩と首を縮こまらせて軽く足上げ運動。走り込みだけは続けているから言うほど体は鈍っていない。頬にパサパサと当たる髪だけは明らかに痛んでいて、連日の夜更かしや夜食に不満を抱いているようだった。


やっと自分の番が回ってきた。
小銭を300円ほどポケットから取り出す。
冊子のページを繰って、機械をピピピと弄る。ええと、どのくらい大きくするんだっけ。
スタートの文字がかすれた一際大きいボタンを押して、紙が出てくるのをぼんやり眺める。別段、面白いことがあるわけではない。
また自動ドアが開く。足元から冷気が這い上がってくるような感覚に、帰ったらココア飲をもうと決めた。

そのとき、誰かが後ろから左肩に触れた。
反射的に首を左に捻る。
ぷすり、左の頬に人差し指がささった。

「こんにちは、春日さん」

「おお、伊月くんじゃん」

「外から春日さんが見えたので」

「久しぶりだねー」

「はい」

ちょっと微笑んだ伊月は、そのままコピー機の蓋を開けて印刷の作業を手伝ってくれた。自分もいい加減に進路決めなきゃという呟きに、最近誠凛調子いいねと言えば、ずっとこの時間が続けばいいのにと溜め息混じりに笑った。その気持ちわかるなー、1年後バスケやってないなんて信じられないです、俺もそうだった。
ゴウンゴウンと稼働する機械の前に2人並んで立ってニヤニヤ笑った。


屈んで紙の束を取り出す横で、伊月くんがガサゴソと鞄を漁った。よっこいしょーと体を起こすとヒタ、と熱いものが頬に当たる。

「おわっ」

「差し入れです」

「あ、ココア。いいの?ちょうど飲みたかったんだよねー」

「良かった。春日さんつっつく前に買っておいたんです、寒そうにしてたので」

「あはは、わかった?」

「さすがに、裸足はちょっと」

「サンダルはマズかったよねー、失敗したわー」


受け取った温かいココアを両手に包んで外へ出る。
裸足の指の間を通る冷たい風に身を震わせたら隣から笑い声が上がった。制服が暖かそうだと思って横を見ると、ふんわり柔らかいものを首にかけられる。彼はそれをぐるりと1周半巻きつけて、抱きつくような姿勢で首の後ろで結び目を作った。それから一歩下がって満足そうに笑うと

「巻いていってください」

なんて言うから思わず可愛い子だと言いそうになった。

「母さんが毎朝持たせてくれるんです。でも制服だってちゃんと着れば暖かいし、春日さんが風邪引くほうが一大事じゃないですか」

学ランのジッパーを上まで引き上げながらちょっと注意するような口調で言ってきた伊月に、ありがたくお借りしますよーと素直に返事をして温もりが残っている灰色のマフラーに口元をうずめる。

「もし本当に風邪引いたらさー、またココア買ってほしいなあ」

「そのときはしょうがないので生姜湯作りにいきます、キタコレ」

「生姜はあんまり好きじゃないなー」

「ええっ」



結局この後伊月をうちまで連れ帰って、マフラーのお礼に甘いカフェオレを淹れた。

帰り際の玄関で、はにかみながらまた来てもいいか訊いてくる彼の首に、今度は自分のマフラーを巻いてやった。












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121108

受験生春日さんと伊月で冬のお話でしたー

しばらく連絡がなくて実は寂しかった伊月、という裏設定がある