鈍行列車の続編!

春だ春だと世間は騒いで浮かれているが、まだまだ花は咲きそうにないし風は冷たい。寒さにケチをつけながら歩いていた真っ昼間、ばったり伊月に出くわした。
といっても気がついているのはこちらだけのようで、伊月はひとり、ボール片手にまだ当分咲きそうにもない桜の蕾を眺めている。横断歩道を挟んだ向こう側には川が流れ、桜がそちらへ枝を伸ばしていて、それに沿って緩やかな坂道が続いている。
桜が咲けばさぞかし混雑するであろうその坂道には今は散歩中の大型犬とオバサン、それと伊月だけで、ゆっくりと坂を下っていく彼は風が吹けば肩を竦め、手の届くところにある蕾を見つければそっと触れて微笑む。なんだあれ、どこの女学生だよ。
なんとなく声を掛けるのは気が引けて、しばらく遠くから観察する。まあ、ただ信号が青になるのを待っているだけなのだが。少しずつ、少しずつ遠ざかっていく背中をなんとなく眺めた。
前にもあったな、こんなこと。などと回想しながら数台車を見送る。
向こう側では伊月が犬にじゃれつかれていた。バスケットボールを脇に置いて、オバサンと会話し、犬に顔を舐められそうになっている。

いつの間にか信号が青になっていて、ひとり取り残されていたことに気がつく。隣に並んでいた小さい子供を連れた親子はすでに横断歩道の半ばを歩いていた。
慌てて駆け出したら靴紐を踏んづけてしまった。するりと結び目が解けたのがわかる。軽く舌打ちをしかけて、すんでのところで止める。がきんちょが高い声で笑いながら白い線の上だけを跳ねていく横を通り過ぎた。

渡りきって、駆け出した勢いのままこちらに背を向けてしゃがむ伊月目掛けて坂を下る。途中で気がついて顔だけ振り向かせた伊月がギョッと目を見開く。咄嗟に犬を庇おうと立ち上がって首輪を引っ張る伊月の肩に飛びかかるように腕を回したら「ギャッ」と短く悲鳴が上がった。ゴールデンレトリバーがウオンと一声。オバサンは一瞬何事かと驚いていたが、すぐに犬のリードを引っ張って吠えたことを叱り出す。おとなしく座ったもののまだ警戒心たっぷりに睨んでくるので、頭や首の辺りをワシャワシャ撫でてやったら尻尾を振り始めた。バカ犬だなあとは飼い主の手前、言えない。
と、左腕のほうがもぞもぞするなと思ったら伊月がもがいていた。

「あの、ちょっ、宮地さん、」

「なんだよ」

「頭!犬と一緒に撫でないでください!」

「うわ、すげえ頭だな」

「誰のせいですか!」

伊月はいかにも混乱し慌てているといった様子で講義したが、解放された頭を軽く振ると頭も表情も元に戻る。ごめんな、びっくりさせて。そう犬に話し掛ける伊月にオバサンが笑う。
お友達?いえ、先輩なんです。仲がよくっていいわねぇ。いやあ、ちゃんと話したのなんて1回だけですよ。あらあら、にしては随分。それにしても2人とも背が高いのねえ。あーいや、俺はわりと平均ですよ。へえ、そうなの、最近の子って

長話になりそうな様子に居心地が悪くなって、ダウンのポケットに両手を突っ込んだら伊月がボールを持って立ち上がった。

「じゃあそろそろ、」

「あ、そうね。ほらキヨシ、ありがとーって」

「じゃーねー、キヨシくん。ほら、宮地さんも」

「お前なに、からかってんの」

「ありがとうございました〜」

「いえいえ〜」


坂を上っていく犬に手を振る伊月の後頭部を人差し指で突こうとしたら見事に避けられた。あーデジャヴ、高尾の笑い声が蘇る。

「そういうのわかりますから。もっとうまくやってください」

「生意気言うな轢くぞ。てかお前冬会ったときとキャラ違わねえか」

「いや、まだちょっと混乱してて」

「は?」

まさか宮地さんが、こんなふうに声掛けてくれるなんて考えたことなかったので、そう言って照れくさそうに笑う一つ年下の他校のバスケ部員にはそういえば先輩がいない。こんなに素直なかわいらしい後輩もそういやウチにゃいねえな、と決まりが悪いようなそんな気分になった理由をこじつける。


「お前、ここで何してたんだ?」

坂を二人肩を並べて下っていく。

「ストバス探しです。近くのが潰されたので、いつもより遠出してみたんですが。いま部員総出であちこち走り回ってますよ。宮地さんは?」

「予備校に挨拶にな」

「え、ということは」

「無事受験終了ってわけだ」

「おめでとうございます」

わざわざ足を止めて軽く頭を下げて言うので、はにかんでしまう。真っ直ぐこちらを見上げた柔らかな笑顔に、視線を逸らした。
と、その先にあった時計に空腹感を思い出す。

「なあ、お前昼飯食った?」

「え?いえ、まだ…」

「んじゃストバスなら教えてやっから、昼飯付き合え」

伊月がぽかんと見上げてくる。

「あ、はい、って、え!?俺財布持ってないですけど」

「奢りだ奢り」

再び肩にガシリと腕を回して強引に引き寄せれば、伊月は数歩よたよたふらついてボールを抱えなおしながらぼそりと呟いた。

「いや、だって前も、」

コーヒーとか、あれとか。お世話になったのに。
肩のすぐ下あたりからギリギリ聞こえた声に、あの冬のことが少しトラウマだったりすんのかもとか今さら気がつく。
顔をちらと見て、それからしみじみ言ってみた。

「あー。こういう謙虚さが高尾にもあればいいのに」

「本音漏れてますよ本音。でもまだ冬のお礼だってしてないのに、ご飯まではいただけません」

伊月は苦笑しながらするりと腕から抜けて、また笑顔を作って丁寧に断ってくる。それになんとなく引っかかるものがあって、何が何でも連れて行ってやろうという気になる。

「昼飯付き合えっつってんだろ、逆らうつもりか潰すぞ」

バシッと頭をひっぱたいたら痛い!と素直に悲鳴が上がった。

「えー、そういうのズルくないですか…」

頭をさすりながら見上げてきた伊月は困ったように笑った。

「いんだよ行くぞ。ラーメンな、今猛烈に食いたい」

「わかりました、先輩命令はおとなしく聞いておきますよ、」

宮地先輩。

ニヤリと歯を見せる伊月をど突いて、曲がり角まで続く坂を駆け下りた。













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121228
続編やっと書けたあああ!!美和さまリクエストありがとうございました!!『鈍行列車』気に入ってくださってありがとうございます!!めちゃくちゃ嬉しかったです、ちと涙目でした。

2度目の邂逅です!!まだ宮月というより宮地さんと伊月って感じですが、もひとつ続編書くので本格宮月は次回!乞うご期待!
今回から伊月が宮地さんを先輩先輩せんぱーいって呼び始めます。
そしてちょっとおまけを書きました↓
ラーメン食べる2人が可愛いんですよ!皆さんも想像してみてくださいねええエヘヘ




伊月が醤油大盛を頼んだことにギョッとして頬杖をついていた肘が滑った。ちなみに俺は塩とワンタンだ。
「おま、伊月てめえさっきの謙虚さどうした」
「えっ、だって大盛じゃなきゃ足りないじゃないですか。ていうか二杯食べるよりマシですよ」
「俺はいんだよ俺は」
「あ、麺の上のメンマ」
「イマイチ」
「えっ、じゃあ、ワンタンがワン…」
「リベンジすんな舌引っこ抜くぞ」



食べながらひたすらフーフーやってる伊月をジッと見ていたら、髪を耳にかけながらこちらを窺ってきた。
「あ、先輩たべますか」
「……」
「?」
「その先輩って、……まあいいけど。それにしても髪邪魔そうだな」
「耳にかけてもすぐ戻るんで…。半端な長さなのが悪いんですかね」






おわり!