※同棲日月
これとシリーズになってる



伊月からメールが入っていたので返事をしながら上着を脱ぐ。暦の上では秋とは言っても9月の風はしつこく湿った空気を運んでくるから暑苦しいことこの上ない。冷たい麺類が欲しいところだが、伊月曰わく今日は魚だそうだ。
少し残念に思いながら、今から電車乗るとだけ打ったメールを送信すると、ちょうど目の前の扉が開いた。



工事中で横幅の狭くなった階段を、電車から降りた集団が押し合いへし合いしながら降りていく。自分も例外なくそれに詰め込まれて、流れるように改札を抜けた。
ズンズン歩いて駅前ロータリーを横断する途中、ワイシャツの胸ポケットに入れた携帯電話が震えて着信を告げる。通話ボタンを押して前を向いたら、横断歩道の向こう岸で自転車に乗った伊月が携帯電話片手にニヤニヤ笑っていた。数メートル先の伊月の声が、耳元まで届く。おかえり日向。そう言って奴は手を振った。


「何してんの」
「お迎えついでに梨買ってきた」
「買い物のついでの間違いだろ」
「買い物がついでなんだってば、迎えに来たかっただけ」
「お前やけに機嫌いいな」
顔をしかめると伊月は笑った。そして重そうなビニール袋を自転車のハンドルから外して、こちらへ突き出す。
「ちょっと、これ持って日向」
どうやら梨がゴロゴロ入っているらしく、ピンと張ったビニール袋に丸い形が浮き上がっている。
「自転車なんだからむしろお前が持つべきだろ」
「重くてふらふらするだろ」
「ハンドルに引っ掛けるからだ」
「よく見てよ、籠も荷台も付いてない自転車なんだぜ?」
「そんなもん選んだお前が悪い」
「日向モデルみたいな奴はダサいから嫌だったんだよ」
「ママチャリの何が悪い」
軽く睨みながらもビニール袋を受け取る自分も大概だな、と溜め息を吐く。ちなみに日向モデルとは俺が少し弄った自転車の愛称だ。伊月は蔑称として使っている節もあるが気にしない。それに、買い物に1人で出かけるときは日向モデルを使うくせに文句言うなんて生意気なやつだ。



家に着いたら、ちょうど炊飯器が米を炊き上げたところだった。びーっと数秒音が響く。

「おお、ナイスタイミング!」

俺の手から梨をひったくった伊月は慌ただしく台所へ入っていった。



「あ、秋刀魚なんだけど、」
部屋着に着替えて台所に顔を出したら伊月が秋刀魚を2匹掴んで突っ立っていた。魚の虚ろな目をジッと見つめ、秋刀魚と同じように少し口を開いている間抜けな表情に思わず噴き出すと神妙な顔をした伊月がこちらを向いた。
「日向は腸食べる派だったよな?」
「わた?食うけど」
「ちょっとさ、1匹分腸抜いてほしいんだよね」
「ああ、お前ダメなんだっけ。俺がそこだけ食えばいいだろ?そのまま焼けよ」
「いやいやこれだけはホント無理なんだって、見るのもアウトだしちょっと味が残ってるのも駄目、苦いし気持ち悪いし本当に生理的に受け付けないっていうか」
「ガキか」
「うるさい。味付け濃くないとピーマン食べられない日向には言われたくな……ハッ!国内の味付けは濃くない!やべえキタコレ!」
「おい手伝わねーぞ」
「ごめんお願いやってちょうだい」

早く寄越せと手を出すと秋刀魚は頼んだと2匹とも渡された。
ヌルヌルと滑る秋刀魚を掴んで腸を抜いていく。黒ずんだ液体がじわっと出てくるのをチラチラ覗いていた伊月が眉を顰めて唸った。
食欲失せるなどと言いながら、その夕飯は残り物ひとつ出さなかった。




伊月は案外包丁さばきは上手くない。実際、今隣で梨を剥いている手元は危なっかしくて見ていられない。だが手伝おうとすると、
「日向はまずピーラー使えるようになってからにして」
と止められる。
そりゃそうだ、じゃがいもの皮を剥くのに自分の手の皮を剥きまくったのはそう昔の話ではないのだから。
あのときの惨状と伊月の慌てぶりを思い出して、大人しく新聞でも読みながら待つことにした。

たっぷり10分かけて1つ分の梨が皿に盛られて目の前までやってきた。新聞から顔を上げると、これからの成長に期待してくれという声と共に歪な形に切り分けられた塊が口に押し込まれた。
それはだいぶ生ぬるくなっていた。








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121012

オチなどない


なんでもない日の同棲日月のお夕飯秋ver.
伊月がレクチャーしながらご飯を作って、一緒にいただきますって声を揃えて、で、一緒にごちそうさま。そして日向が皿洗いをする。
今のところの日向のお料理スキルは、餃子(冷凍食品)・目玉焼き(半熟はムリ)・豆腐の味噌汁・焼きそばがなんとなく作れる程度というどうでもいい設定があります