※モブ子視点
※モブ子→月


「伊月ーっ!オレのシフト代わってくんね!?お前どうせやること無いだろ?」
「えー、やること無くてもやることあるんだよ」
「お願い伊月ちゃん!昼飯買ってくっから!」
「料理部のランチ二人前デザート付きなら乗る」
「マジ!?サンキュー!伊月大好きっ」
「そんなことは女の子に言いに行けって」
「じゃ、よろしく!ホント、マジであんがとなーっ」


雑踏へ潜り込んでいく背中に、伊月先輩が小さく手を振り何かを言った。しかしそれは、楽しそうな生徒達の笑い声に掻き消されてしまう。
今日は待ちに待った文化祭、1日目である。


風紀委員の仕事――といっても落とし物や迷子を預かって生徒会に届けを出し、預かりものを管理するために本部に座っているだけのもの――で、私は伊月先輩の横で朝の10時から本を読んでいる……振りをしている。
わざわざ先輩の担当の時間に合わせて友達に代わってもらったりしたんだから有効に使わなきゃ。こっそりと机の下で拳を握る。
それにしても文化祭が始まってから早々にシフトを全て押し付けてくるなんて、と伊月先輩に見送られている友人らしき人物を睨む。でもまあ、先輩といられる時間が増えたのだ。感謝しなきゃ。

「ねえねえ、」

悶々と考えごとをしていたら人が来ていたことに気がつかなかった。慌てて対応しようと顔を上げたら、

「伊月くん空いてる時間いつー?」

なんと先輩を逆ナンしにきた人達だった。むむっ、とは思っても口出しはできないのが年下の悲しい定め。牽制なんて出来るわけなかった。やっぱり先輩、モテるんだ……。ダジャレのおかげで壁はそれほど厚くないと思ってたけど、甘かった。ダジャレは残念でも優しいし格好いいもんね。シュンとうなだれる。連れてかれちゃったら嫌だなあ。

「今日は空いてないなー。ずっとシフト入ってるんだ」
「えー、そうなの?残念」
「残念無念また来年って」
「あははなにそれ!暇できたら声掛けてよ。じゃ、仕事頑張って!」
「うん、ありがとう」

よっしゃ勝った!と自分は何もしてないけどガッツポーズ。というか何に勝ったのか。またしても手を振って女の子を見送る伊月先輩の横顔を盗み見る。言っちゃ悪いけど今の女の先輩より伊月先輩のほうがずっと美人だと思う。少しの間見とれていたら、先輩がこちらを向いた。パチッ、目があってしまった。

「さっきから騒がしくてゴメンな」
「あ、いえっ!」

眉を少し下げて笑う先輩にどぎまぎしながら咄嗟に声を出す。一気に冷や汗が流れてきて、パニックに陥りそうだ。それでも、やっと話せるときがきたのだ、これを逃したらもう話せなくなってしまいそうな気がして、私は勇気を振り絞る。

「あ、あの、先輩のクラスは何をやってるんですか?」

もう調べたことだけど、話すきっかけとして良いネタだと思うので訊いてみる。接客の担当の時間がいつかを聞き出さなきゃいけないしね。

「模擬店だよ、外の屋台で肉まん温めてる」
「肉まんですかー。美味しそうですね」
「おいしいんだけど、俺猫舌だから食べづらくてね。あ、中身が熱くても肉まんのことは憎まんでくれよ。」
「私は熱いの平気ですよ」
「そう?じゃあ食べにおいでよ」
「はい!ちなみに先輩は何時頃店番なんですか」
「ここ12時半に離れてすぐ行かなきゃいけないからちょっと忙しいんだ」
「そうなんですか。大変ですね…」

なんとか聞き出せた!12時半ね、ちょうどお昼時だ。
やっぱりダジャレは残念だけど、そこも素敵っていうか、見た目に反して意外と気さくな感じがいいっていうか、なにいってんだろ私。どんどん顔が熱くなってくる。
それから少しお話をしたけど、話すネタなんか少ししかなくて。しばらく無言が続く。先輩も本を開いて読み始めてしまった。


あっという間に時間はすぎて、そろそろ昼食をとりたくなるころになった。お腹が鳴りそうなのを堪えていたらなんかチャラそうな男が歩いてきて、その周りで黄色い悲鳴が上がっていることに気がついた。じっと目を凝らして観察していたら、隣の伊月先輩がキセ、と名前を呼んだ。
向こうのチャラ男もこちらに気がついて、パタパタと駆け寄ってきた。

「伊月さん!お久しぶりッス!」
「相変わらずお前目立つな」
「帽子被ってきたんスけど、やっぱりわかりやすいッスか?」
「背高いからなあお前は」

先輩と親しげに会話をするキセという男に見覚えがあるな、と思ったらモデルだった。写真で見る雰囲気とは大分ギャップがあるような気がする。思わずキセリョじゃん、と呟いたらウインクされた。いやに様になっていて舌を巻く。日本人にこの仕草が似合うやつがいたなんて。

「せ、先輩。なんでここにキセリョが」

ポカーンとアホ面してしまったが我に返って慌てて質問すると先輩が首を傾げた。

「ん?あ、そういえばなんで来たんだ?黒子か?」
「はいっス。ああでも、黒子っちに会いにきたのもあるんスけど、笠松先輩が…」
「かっ、笠松さん来たのか!?」

よりにもよってモデルはあの黒子に会いにきてると言うし伊月先輩はテンパるしで私は目を白黒させる。こんなに焦ってる伊月先輩ってなかなか見れないんじゃないか。

「いま森山先輩が女の子ナンパしに行くの止めてるっス。あ、センパイ!こっちッス!」
「ちょっ、黄瀬!」

今人気のモデルは振り返って手を振った。それを見て慌てる伊月先輩はなんだかいつも以上に血色がいいというか、要するに顔が赤い。普段真っ白な頬がほんのり色付いていてドキリとする。なんだなんだ、先輩をここまで照れさせる相手って何者なの。気になってキセリョの視線の先を辿ると、そこにはなんというか、眉毛の濃い男がいた。

「黄瀬デカい声だすな!また囲まれるぞ」
「スミマセンっス!あれ、森山先輩たちはどうしたんスか」
「どっか行きやがった」
「どっかって…」
「どうせお前は伊月に会うんだろとか言って小堀連れて行ったよ。早川はそれについて行った」
「ああ、まあそうなっても仕方ないッスね…ん?あっ、じゃあお邪魔虫はこれで失礼するっス!オレらのことは忘れてゆっくりしてきてくださいッス」
「余計な世話だ早く行けっ!」
「お幸せに〜っ」
「うるせえ!」

私がポカーンと口を開けて見守る中、キセリョは手を振りながらそそくさと立ち去り、眉毛の濃い人はキセリョを足蹴にし、伊月先輩はぎゅっと縮こまって俯いていた。色々意味深なキセリョの台詞については深く考えてはいけない気がしたのでスルー。
残った2人はそわそわと落ち着かない様子で、ただの友人同士ではない雰囲気に私は混乱する。
私はなるべく目立たないように本に集中する素振りを見せる。もちろん意識は2人の会話に集中している。

「伊月、久しぶり」
「あ、お、お久しぶりです」
「連絡もしないで来てすまん。黄瀬が行こう行こうってうるさくてな、突然で」
「いえ、会えただけでも嬉しいので」
「今日は空いてる時間、あるか?」
「えっと……午後は空きますね。終わったら連絡します」
「そうか。じゃあそれまで色々見て回るか」
「今なら日向が教室でウェイターやってると思いますよ」
「それは面白そうだな、行ってみる」
「ついでに案内させてもいいですし」
「それは伊月とでいいだろ?」
「ああ、まあ…」
「ん、どうした?」
「……外に出られたら出たいなあと思って」
「! …わかった、じゃあ昼過ぎ正門前で待ってる」
「っ、はい」


またあとで、と去っていく後ろ姿が見えなくなっても先輩がしばらくその方角を見つめているのを見て、私は歯をぐっと食いしばった。
初恋は叶わないっていうけど、まさかこんな形で失恋するなんてなあ。
会話してる間の表情なんか、まるで数時間前の私のようで。
あまりに衝撃的な失恋なものだから涙も出ない。嘘、泣きそう。でも、なぜか潔く諦めて伊月先輩の恋を応援しようとも思っているのだから女心って不思議だとおもう。












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120910


モブでしゃばってスミマセン
相変わらず笠松さんの出番少なくてスミマセン