最近では珍しく煙草の匂いが漂う喫茶店で、窓のない壁に三方を固められ、オレンジ色の照明だけを頼りに向かい側に座る恋人を観察する。先ほどカフェインを摂取したはずなのに眠そうな顔でコーヒーゼリーをつつく彼は、今日の待ち合わせに寝坊して大幅に遅れてきた張本人だ。何度電話をかけても反応がないからかなり心配したのに、10回目のリダイアルに寝起き全開の声で応えたときには安堵と少しの怒りで溜め息をついたものだ。
具合が悪いのかとも思ったがそうでもないらしく、ごめん全然起きられなかったと言いながらパタパタと身支度を始めた。電話をかけた状態で、彼は物音と独り言を俺に聞かせながら5分で家を出た。箪笥の1段目にパンツがあることがわかったり、相変わらず家族とダジャレを交わして笑いあいながら靴を履く様に癒されたりしていたら、待たされた恨みなんか吹き飛んでしまった。惚れた弱みってやつだなと呟いたら、惚れられた強みってやつだなと返された。いくら俺があなたにゾッコンでも遅刻しまくったら怒りますよとだけ釘を差しておいたが、きっと結局は彼の人柄に飲み込まれて怒ることなどできないんだろう。そんな予感がした。

駅前の時計台の前に走ってきたマイハニーはまさしくマイハニーだった。なんだこりゃ意味わからん。彼のパーカーの下に着たTシャツは、かの有名な黄色いクマが蜂蜜を抱えている絵をプリントしたものだった。ご丁寧に『My Honey』と吹き出しに書かれている。
「可愛いっす」「可愛いだろ、このTシャツ」「伊月さんが可愛いっ」「それよりオハヨーさん。雨降りそうだな」
遅れてごめん、と付け足されたので、いえいえパンツは箪笥の1段目ですよね、と言ってみた。今日は紺色だとサラリと言ってのける恋人は俺にどうして欲しいのだろうか。


元々どこに行くかは決めていなかったため、とりあえず腹拵えをしたいという彼のために店に入ることにした。時計をみると11時。自分も昼食を食べると伝えると、気に入ってる喫茶店があるから一緒に行かないかと言われた。当然、一も二もなく頷いた。
ゆっくり歩きながら、喫茶店のことや寝坊の理由を聞いた。その喫茶店を誰かに教えるのは初めてだとか、やっぱりナポリタンが美味しいだとか。一番はデザートなんだけど、と嬉しそうに話す彼は、やっぱり俺が大好きな綺麗な笑顔をしていた。
寝坊の理由は想像通りだった。前日の練習がハードすぎて、と彼は笑った。もっと体力つけば楽なんだろうなと零す彼の頬に翳りが差さないか心配になって名前を呼んだら、頬を水滴が流れていった。雨が降り始めたのだ。

サッとパーカーのフードを被った彼が可愛いなあと思っているうちにドンドン雨脚は強くなっていった。いつの間にか手を繋いで走っていた。

今日は走ってばっかりだ。まったく、せっかくの休みなのに。
なんて、文句を言った割に声色はとても明るくて、俺もつられて笑った。

喫茶店に飛び込んだときにはかなり濡れてしまっていた。ベチャっと張り付くシャツが気持ち悪い。前髪からスルスルと水滴を垂らす伊月さんは、店長らしき人にタオルを頼んでいた。かっこいい人っすね、と耳打ちしたら、オカマだけどね、と暴露された。
例の彼?と訳知り顔の店長に、伊月さんが堂々と俺の大事な人だよと返事をしたことに驚いた。タオルで頭を拭きながら、熱い顔を隠した。




で、昼飯を食べてカフェオレをもらい、ゼリーを頼んで今に至るわけだ。
一見眠そうには見えないが、忙しなく瞬きを繰り返す彼は今絶対に眠い。

「眠いんですか」
「んー?」
「やっぱり眠いんすね」
「え、いや眠くはないって」

そんな鈍い反応されたら眠いとしか思えないよ!と内心突っ込みながら、寝ぼけ気味な恋人の頬を人差し指でぷにぷにつついてみる。もっと構って欲しいのだよ!そんな気持ちを伝えるように、滑らかな肌の弾力を堪能する。
すると、ゆっくりと瞬きをした瞳がこちらを向いた。透き通るような黒に鼓動がひとつ脈打つ。
スプーンを置いた右手で頬をつつく俺の左手を包み込み、それを自分の頬に摺り寄せた彼はあったかいねと微笑んでこう言った。

「なんかさ、一緒にいたら落ち着きすぎるみたいで、眠気が戻ってきたのかも。」
ちょっと寒いから隣座って。

それから1時間隣で手を握ったまま眠る伊月さんを見ながら百面相を繰り出していたのは、膝掛けを持ってきてくれた店長と俺だけの秘密。



















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120901


5555hit記念アンケートで見事1位を獲得した高尾とデート
ひたすら伊月を甘やかすのが目標でしたいかがでしょうか……
高尾なのかコイツは……(ボソッ

この後伊月は、高尾に散々振り回されて最終的にはパンツ見られて1日を終えました

店長は伊月さんの恋の相談相手です。行き着けの喫茶店でコーヒー啜りながら悶々と高尾のことを考えた時代があるわけです


お粗末様でした!