また明日な、と火神と黒子に手を振る。
とうとう二人きりになった。
なんだか照れくさくなって、鞄を持ち直したり俯いたりしてみる。
いつも騒ぎながら帰るのに、今日はなぜかそんな気分にはならなくて。
みんなと別れて日向と二人で歩く帰り道は、夕日に赤く染まっていた。



そういえば、初めて抱きしめられたのもこんな夕暮れだった。そのとき初めて好きだと言った。日向は何も言わなかった。何も言わずに強く抱きしめてくれた。それが俺達の馴れ初め。
俺がちゃんと「好き」を言葉にしたのは後にも先にもこのときだけだ。ちなみに日向の口からは聞いたことがない。それでもあの真摯な眼差しが全てを物語っているから、無理に言ってほしいとは思っていない。少し寂しいけれど。でも日向はヘタレだからね。

ふとしたとき、こうして手に触れることは愚か声を発することすら躊躇うような進展のない恋だけど、大切なもので。これ以上は無いと信じてしまうほどの感情が、目を合わせるだけで流れ込んでくるから。
それだけで充分だと思ってしまうのだ。
互いに好きでいられることだけでも奇跡なのだから。



ゆっくりと、別れを惜しむように一歩一歩を踏みしめる。夕日が右耳に当たって少し暑い。暑いのは緊張しているせいでもあるが。横目で見た日向の顔は陰になっていてよく見えなかった。

しばらく日向の影を踏んで歩く。左斜め前に長く長く伸びる影は途中から木の影に隠されてしまっていた。もうすぐ日が暮れるのだ。街灯に明かりがともり始めている。


「伊月」
「なに、日向」

突然、日向に名前を呼ばれた。心臓が跳ねる。

「えーと、なんだ、その…」

日向は口ごもって目をそらす。なんだよ、と先を促せばガシガシ頭を掻いて眉間に皺を寄せた。

「あーもう!やっぱ何でもねぇ!」

日向は苦虫を潰したような顔をぷいっと逸らしてしまった。俺は思わずクスリと小さく笑いを零す。む、と睨まれたのでまた笑った。だって、その照れ隠しの眉間の皺があまりにも愛しく思えたから。

「なにわらってんだよ」
「んー、日向も大概ヘタレだなーって」
「んなこたー自覚済みだっつの余計な世話だ」
「あと、日向も緊張してるんだなーと思ったらなんか可笑しくなってさ。本当に恋愛してんだ、って感じで」
「は、はあ?今更何を、」

正直に思ったことを伝えたら、案の定慌て出した日向の言葉を遮って少し乱暴に腕を掴む。力加減、出来てないかも。さらに体当たりするように肩を寄せて密着してみた。腕を絡ませて、手をギュッと握る。いやあ、ちょっとこれはしばらく顔見れないな。我ながら大胆な行動に出たものだ。日向なんか硬直しちゃったよ。仕方ないので引きつりそうな喉をどうにかこうにか震わせる。

「あのさ、ちょっと寄り道しない?」

上目遣いに顔を覗き込めば、おう、と微かな声が返ってきた。







宛もなく細い路地に入って、手を握ったままブラブラと歩く。薄暗いし、人いないし、大丈夫、大丈夫。ひんやりした風が火照った頬を撫でて、段々と鼓動も落ち着いていく。なんとなく見上げた空には、中途半端に左側が膨らんだ月が真っ赤な雲の上で白々と輝いて、俺達を見下ろしていた。急に血の気が引いていって、不安になる。後ろめたさ、というのだろうか。そんなようなものが背骨をジワジワと浸食してくる。
帰ろうか、そう言おうとして握った手を離しかけた。
でも、離れなかった。
驚いて日向を見れば、やっぱり眉間の皺は残っていて、でもさっきとは違う顔をしていた。指と指の間に熱い体温が割り込んでくる。ゴクリと喉が鳴った。

「どうしたの、日向」

少し笑ってみせると、不機嫌そうな顔で真っ直ぐ見つめてきた。射抜かれたように俺は動けなくなる。

「ゴチャゴチャ余計なこと考えんなよ、どんなに辛くても俺はお前と恋愛してたいわけ。それだけは誓って変わらねえから、勝手に盛り上がったり勝手に不安になったりすんなだアホ」

それだけ言って、日向は俺を抱き寄せた。なんでだろう、日向はいつもいつも大事なときに一番欲しい言葉をくれるから、俺は今、泣きそうなんだ。喉の奥に熱の塊が詰まって、瞼がジンジンする。ああ、本当に。

「好き、ずっと好きだよ、日向のこと」
「ああ」
「ヘタレのくせに大事な時は外さないとことか、惚れ直しちゃうぜキャプテン」
「なっ、今それはヤメロよ」
「あとさ、」
「ん?」
「好きって逆から読むとさ」
「おいちょっと待て」
「…日向、キス、して?」
「っ、だアホ!そういうのは女子がやるから可愛いんだろ」
「ひどっ!この流れでそういうこと言う!?俺、姉貴とか妹のせいで女の子には夢見てないけど恋愛には結構夢見てるよ。俺は日向からしてもらいたいの。可愛いとか男に求めんなバカ」
「いや、ごめん訂正。お前可愛すぎて困る」
「うわあバカだあああ」
「ちょっと黙れ、心の準備すっから」
「え、あ……、うん。なんか今更めっちゃ恥ずかしくなってきた」
「るせぇ言い出しっぺ」
「だってファーストキスだよファーストキス。誰が男にされるのを待つ展開を予想しただろうか」
「だから黙れっつってんだろが」
「はーい、キャプテン」

俺は少しにやけたまま目を閉じる。もう夕日は沈みかけ、空に真っ赤な筋だけを残している。瞼の裏は真っ暗だった。僅かに日向との距離が空いたのを感じる。不思議と今は緊張していなくて、穏やかな気分だ。
薄目を開けて、白く冷たい月を見る。そして一つの願い事を。
もう少し夕日を引き止めておいてくれないだろうか。あの日のような夕暮れにもう一つ、二人の秘密を託したいから。






夕暮れに待ちぼうけ

君の温もりを待つ数秒は、こんなにも長い








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120829


素敵な企画に参加できて嬉しいです……!!

出来はともかく伊月さん好きーっ!!な気持ちだけでも詰め込みたかったような、そんなアレです
幸せになってくれ……お願いだから……
もっともっと伊月さんが愛されるといいですね!
では失礼いたします……ε=┌( ・_・)┘シュバッ


'12/8/29.眉毛