風呂から出てきた伊月がTシャツを着ようとするのをみて一言。 「いやいや、そこはもう着なくてもいいでしょ〜」 「さ、さすがにそれは」 慌てたようにこちらをみる伊月の体には色んな痕が残ってしまっていた。 「風邪なんか引かせないから大丈夫。おいで?」 「……」 「それとも、そんなにくっつくの嫌?」 「っ、……春日さんの性悪。断れなくなるじゃないですか」 「光栄だね〜」 真っ赤になって、身動きが取れなくなるくらい恥ずかしがる伊月の腕を少し強引に引っ張る。倒れ込んできた体をぎゅう、と抱き込むと冷たくて白かった肌が一気に変化していくのがわかった。 『今日、泊まらせてください』 唐突に、やけに真剣な声色で電話をかけてきた彼を二つ返事で受け入れ、そして玄関で抱きつかれたのが夜8時頃。今はもう日付を跨いだ真夜中だが、ここに至るまでに4時間どころではないほどの長い時間を過ごしたような気がする。 胸や腹が圧迫されていると感じるくらいきつく抱きついてくる伊月を、困惑しながらも咄嗟にある程度宥め、落ち着かせられた自分を褒めてやりたい。きっとあのままでは彼は過呼吸を起こしていたか、そうでなければ嘔吐していただろう。それ程にその時の彼は切羽詰まっているように見えた。 強く抱き締め返し、背中をさすってはポンポンと叩き、まるで怖いものを見て泣いてしまった子どもをあやすように何度も繰り返した。 そうしているうちに、辺りが静寂に包まれていった。 シャツをシワが残るほど握りしめていたから、顔を見るため引き剥がすようにして肩を押すと案外あっさり手が離れた。拍子抜けして、おや、と思っていたら伊月がぱっと顔を上げた。顔を覆っていた髪が舞い上がって、今日初めて彼と目線を交わらせる。 その表情を見て、なんて顔をしてるんだ、と思った。 なんでそんなに、何をそんなに怖がっているの、と言いかけた。 だが、彼の色の失せた薄い唇から零れた言葉に、何も言えなくなった。 『抱いて、ください。春日、さん、お願いだから、』 震えて、小さくなっていく声が聞こえなくなる前に息を奪った。 理由を訊くことも、彼を止めることも、ましてや拒むことなどできなかった。あまりの気迫に声が出せなかったのだと思う。言われるがままに、彼が望むままに掻き抱いた。食いしばった歯の隙間から漏れ出る呻きに混じってポツリポツリと話された心の内に、自分はどうしようもなく悲しくなった。恐ろしくなった。だがそれよりも、隠してきたはずの巨大な支配欲が満たされたような心地がした。それが何よりも恐ろしかった。 「……あったかいです」 背中にぴったりくっつく腕の感触にややニヤけていたらボソリ、と呟きが聴こえた。 「でしょ〜?やっぱ温めあうなら人肌でっていうのは本当なんだね〜」 「やっぱ、って、あったかくなるから言ったんじゃないんですか」 「伊月くんの素肌をもっと堪能したいからに決まってんじゃ〜ん」 そう言って、首筋を撫で腰をさすりスウェットと肌の間に指を忍ばせると肩を押して抵抗を見せる。可愛いなあ。 「う、や、でもさっきまで、ぁ、いや」 墓穴を掘ってさらに熱くなっていく額を胸に押し付けてくる伊月。しどろもどろになって力の抜けていく様子がまたそそられる、なんて言ったらどうなるだろうか。 「ぷっ……そんないちいち可愛い反応されたらもう絶対に手放せなくなるってわかっててやってるでしょ〜」 「わからないです」 茶化しながらぎゅっと抱き寄せると再び背中に腕が回される。それが心地よくて、ニヤっと笑った。 「要するにね〜、こんなに可愛い恋人を手放したら二度とこんな気持ちになれないだろうな〜って言いたいわけ」 「……」 体を浮かせて少し回転。伊月を再び組み敷くような体制になって、耳元に口を寄せて囁いてやる。 「だからさ〜、ずっと一緒にいたいって思ってるの、伊月くんだけじゃないってわかってて欲しいんだけどな〜」 「……はい」 すみません、と続けようとする唇を親指でなぞって黙らせ、その手で目隠しを。こうやって彼の五感に少しずつ侵蝕して。 「嫌って言っても離してあげないから」 約束ですよ、と嬉しそうに笑う君に、きっと俺は縛り付けられているのだ。 いつの間にか底無しの沼に喉まで浸かっていることに、自分では気がつかなかったのだから。 堕ちる 『心だけでも』 『あなたの手で』 『そうでなければ、』 地獄にすら、行けそうにないんです 懇願する君と共に。 ---------------- 120717 ズブズブと互いを道連れに嵌りこんで戻れなくなるくらい依存しあう狂愛じみた愛とかどうだろう 将来性がない恋なので、どんどん深みにはまっていくんじゃないですかね 病んだりはしませんが |