「見事に散り散りになったな……。ハッ!エビチリが散り散りに!」
伊月はこんなピンチのときも呑気にネタ帳に新たなネタを書き込みつつ、とりあえずみんなを探さなきゃとケータイをのんびり取り出すのであった。




「おお、すっごい人だね」
「……(コクコク)」
空に一番星が輝き始めた午後6時。神社付近の道路は浴衣の女子高生やお面を付けた子供たち、暑さに負けずベタベタとくっつきあうカップルなどでごった返していた。
その中に突入しようとしているのは誠凜高校バスケ部の面々。
「カントクは浴衣着なかったの?」
「あれ暑いじゃない。それより皆、はぐれないでね」
周りの可愛らしい浴衣姿を見ながら、小金井がチラと相田を見て言うもののバッサリ切り捨てられてしまう。はあ、と呆れたような残念そうな溜め息を吐く部員数名などには目もくれず相田が声を張る。

「はぐれそうになったら火神くんの頭見てなさいよ」
その声に一斉に部員たちが火神のほうを見て、なるほど人混みの中でもコイツは抜きん出てデカいなと再認識した。

「そうだな。何が起きてもとりあえず火神のところに集まればいいか。よし、じゃあ早速屋台回るか」

主将のその一言で部員たちは各々好きな屋台へ向かって行ったのだった。




流されるままに一人フラフラ歩いていた黒子が、最終的に人混みからペイッと放り出されて辿り着いた先はとても静かで涼やかな神社の裏だった。
大きな木の下で一息つく。
遠くのほうから盆踊りの太鼓の音が響いているのが聞こえていた。

「お疲れさん、黒子」
「あ、伊月先輩」

喧騒の中で、やけにはっきりと聞き取った声の主は綺麗な黒髪をサラサラと夜風に揺らす伊月だった。

「途中まで火神くんが見えてたんですけど、見事にはぐれてしまいました」
「はははっ、俺もそんなもん」
柔らかい笑顔を浮かべる伊月。しかし、その言葉に黒子はふと違和感を感じた。彼はどんな人混みでも自分を見つけられるくらい目がいいはずだと首を傾げる。
「本当ですか」
「あー、ほんとは暑いし酔ってきたから抜けてきたんだよ」
よくわかるなーと苦笑しながら、伊月は開きかけていた携帯電話をパンツのポケットにしまった。
「ケータイ…」
「ん?ああ、みんなどこに行ったかわからなくなったから連絡しようと思ってたんだけど、」
一端言葉を切って、木に背を預けながら彼はこう言った。

「流されてきてるの黒子かな、と思って電話すんのやめた。二人でいれば大丈夫かと思って」

「え、」
急に周りの音が小さくなってゆくのを感じた。鼓動ばかり、大きくて。
「あ、そうですね」
やっとの思いで発した声には変な抑揚がついていたような気がする。伊月には、どう聞こえただろうか。この緊張が伝わらなければいいのだけれど。柄にもなく焦る。

「黒子は何か食べた?」
「いえ、まだなにも」
「そっか」
「先輩は」
「食べる気にならなくてな。夏バテ気味っぽい」
「食べないと部活辛いですよ」
「うん、帰って冷房の効いた部屋でそうめん食べるから心配ご無用」
「そうめんですか、いいですね」
「黒子は?食べなくていいのか?」
「あー、あとでマジバにでも寄って行こうかと。この人混みではどのみち何も買えなさそうなので」
「だよなー」

2人がたわいのない会話を続けていたところで、突然伊月の携帯電話が鳴り出した。慌ててそれを取り出し、発信元を見た伊月は「お呼びだしだ」と笑って通話ボタンを押す。
それを、恨めしいような気持ちで見つめる黒子。せっかく2人きりだったのに、と心の中でふてくされる。

え?ああ、うん、今黒子と一緒だよ、わかったすぐ行く。
電話の相手へ短く答えた伊月が再び黒子に向き直った。 「よし、じゃあ移動するか!」
その言葉と共に差し出された左手。
大いに動揺する心とは裏腹に、黒子の右手は反射と言っていいほどの反応のよさでその手を握っていた。
やばい、と我に返ったときにはもうすでに伊月はズンズンと人混みに入り込んでいて。黒子は腕を引っ張られる形で後に続いた。

「あ、あの、手、」
「繋いでおかないと、ただでさえはぐれやすいのに黒子だとさらに心配だろ?」
「え、いや、まあそうなんですけど」
さっきは見つけてくれたのにとか、自分からむしろ先輩にくっついて行くのにとか、色々考えたけれど、どんな理由であれ手を繋いでいられるなんて。嬉しいようなむず痒いような。思わず笑みが零れているのは黒子本人ですら知り得ない。

人混みの中をするすると抜けていく伊月は、後輩がまさかこっそりと幸せを噛み締めているとも知らずに振り返る。ああなんて綺麗な微笑みなんだろう。ぼんやりと見上げる黒子。
「そうだ、あとで」
その声にハッとした黒子は曖昧な返事をかえす。

「一緒にバニラシェイク食べに行こうか」



嬉しさのあまりもうここで告白してしまおうか、と半ば本気で考え、そして代わりに繋いだ手をしっかりと握りなおした。
あなたと2人でならどこへなりとも、と想いを込めて。

何が何でも火神くんが一緒に来ないようにしなければ、と決心する黒子であった。





かき氷
(この燃えるような想いが僕を溶かす前に、どうか気づいてほしい)
(なんて)



-------------
120714




眠気で最後のほうは杜撰になっている気がします
そのうちリベンジします片思い黒子さん