「シャンプー、何使ってんすか」
「は?」
きょとんとした顔で振り返った彼の髪が揺れる。ほら、やっぱりだ。サラサラ流れるようなその一本一本に見とれてしまう。
「いや、いつもサラッサラだし。何かやってんのかなって気になって」
「ああ、なるほど。よく女子にも訊かれるんだよなー」
まじすか、と答えながら無表情に近いその横顔を見つめる。あまり変化はないものの、僅かに目を大きく開いてパチパチと瞬く仕草なんかがいちいち魅力的に見えてしまうのだから恋って恐ろしい。少し開いたままになっている唇に目線が集中しかけてブンブン頭を振る。
「実はそんなに気にしたことないんだよな。置いてあるの使ってるから」
「ええっ」
「女系家族だからなー、もしかしたら良いもんなのかも」
「なるほど」
気にしたことがないってことは、天然でこんなにサラサラで艶やかってことだ。それに気がつくと、なんだかどうしようもなく愛しさが込み上げてきてにやけが止まらなくなった。なんていうか、今この目の前にいる人は幾つもの偶然が重なり合ってできていて、それで隅から隅まで俺の好みの姿なわけだからこれを奇跡と呼ばずになんと呼べばいいんだろう。
惚気すぎだと自覚。ちょっと照れくさい。
「毎朝の努力が虚しく思える発言すよ、それ」
照れているのを隠すように、少しむくれた顔をしてみせると
「そんなに違うように見えるか?」と前髪を摘みながら不思議そうに首を傾げる。サラ、と重力に逆らわずに再び髪が揺れた。これが好きなんだよなー、なんて。こんな仕草ひとつとっても幸せになれる俺はなかなかに現金な奴だと思う。
「遺伝なんじゃないですか」
「やっぱそう思う?」
「いや、あんま伊月さんの家族知りませんけど」
「並んでるといつも似てる似てるって言われるからなあ」
「へえ、それは見てみたいっすね」
「遺伝の力恐るべしって感じ。あ、もしかしてお前のおでこって」
「ちょ、ちょっと!!これかなり気にして…」
「ハッ!おでこをデコる!」
「デコってどうすんの!?つかなんでそんなに嬉しそうなんすかっ」
「そうでもないぞ」
「いやいや、なんかウキウキしてますって」
「そんなに?」
「はい、なんかめっちゃ笑顔っす」
「まじか。ただ高尾のおでこ好きだなーって思ってただけなんだけど」

「へ」

「ん?」
「ぐおおおぉぉ」
「た、高尾!?」

綺麗に笑いながら人差し指で突いてくるなんて、好きだなって言うなんて、反則でしょう!
顔を覆ってうずくまる俺の横で困ったように名前を呼んでくるこの人が、どうしようもなく愛おしくて、恐らく未だににやけた締まりのない顔を上げた。今この瞬間伝えなければならないことがあるのだ。

「もうベタ惚れっす俺、伊月さんに」



サアっと赤く染まってフリーズした年上の恋人に、俺はそっとキスをした。







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120711
鳥の目コンビ
高緑が好きだが後輩に慕われる伊月がもっと好き