▼バンドマン笠月@
03/31 11:22(0

※バンドについて眉毛は全然詳しくない
※勢いだけはいい
※小森出したい(野望)
※温かい目
※温かい目


それは同窓会の帰りのことだった。少し酒を飲んでいたためにそのときの自分はたしかに気分が高揚していたのだと思う。
なんとも恥ずかしいことに、それなりに大きな声で歌いながら自転車を漕いでいた。最初は小さい鼻歌だったのが、真夏の夜の生暖かい空気の中を走り抜けていたら気分が乗ってきて、しっかり口ずさむようになり、最終的には、聞いている人がいたならたぶんドップラー効果を体験してたんじゃないかというくらいには熱唱していた。曲名に「小さな」とあるのに全然小さくなんかなくて、そりゃあ盛り上がる曲だし、でも恋のうたなわけで、まるで青春真っ盛りという感じだった。別に好きな人がいるわけでもないのに、端からみたらどう見ても彼女と会ってきたばかりのような幸福感丸出しの男だったに違いない。久々に同級生達の顔を見て楽しくなっていたとはいえ、自分でも不思議なくらいそのときは高揚感に満ち満ちていた。
曲も佳境に入り、坂を下ったときにはこれ以上ないくらい愉快になった。どこからかギターの音も聞こえてきて、ますます歌うのが楽しくなっていた。
坂を下りきってから、そのまま空振りするようなペダルをガシャガシャ漕いだ。じめじめとしつこい風も半袖の腕にはひんやりと冷たい。軒先の鳥籠で寝ていたオウムの目を覚まし、壁を覆うような緑の蔦をざわざわと揺らした。そして勢いよくボロアパートの横を通りすぎようとしたときだった。
自転車のライトに照らされる人影がある。
ギッと急ブレーキをかけて自転車を止めた。
当然口を閉じる。目の前の男はギターを抱えている。顔はよく見えないが、背格好は自分とさして変わらないほど。数秒、呆然と相手を見つめた。二人の間に沈黙が降りる。

「なあ、あんた」
先に動いたのはギターの男だった。つり目がちだが大きな瞳、意志の強そうな眉。暗闇の中、彼の黒目がキラリと光った。
彼の顔まで自転車のライトが照したとき、自分は我に帰った。恥ずかしさが急に込み上げてきて、まっすぐこちらに向けられた視線から逃れなければと思ったときには力一杯ペダルを漕いでいた。おい、と背中に声が届く。振り返ったら彼が物凄い速さで走っていた。追いかけられている。なぜ、と心の中で叫びながら一心不乱にペダルを漕いだ。さっきまで涼しかったはずが、全身から汗が噴き出していた。手汗でハンドルが滑りかける。焦りながら、それでも自宅に向かって道を曲がる。横断歩道が目の前に現れる。青いライトがチカチカと点滅している。間に合わない、そう思いながら一層必死に自転車を走らせた。が、努力虚しく直ぐに赤に変わってしまい、横断歩道の前で荒い息を吐いた。
深呼吸を繰り返す。あらためてさっきまでの自分を思い返して耳まで熱くなるのを感じる。掌で顔を覆った、そのとき。後方から足音が聞こえてきた。後ろを見る。近い。もうすぐ追い付かれる。前を見る。依然として赤いランプがこちらを見下ろしている。早く、早く、青になれ。じっと信号を見る。信号機買って最近信吾ウッキウキ、じゃなくて!もう無視して走るか、車もない、そんな夜中だ、とにかくペダルに右足を乗せて半分腰を浮かせた。しかし前には微塵も進まなかった。自転車もろともつんのめって、驚いて声を上げた。右手に、熱い手の感覚があることに気がつく。自分の意思とは関係なく、右手はブレーキを握っていた。恐る恐る、右を見る。俺の代わりにブレーキを握っていたのは、ギターの男だった。

「あ、あの、なんですか」
真っ先に飛び出したのは至極真っ当な疑問だったと思う。俺の右手ごとブレーキを握る手をそのままに息を整えている彼は暫く膝に片手をついていた。少しの間、荒い息だけが聞こえていた。
信号が青に変わった。それでも一人も渡る者はいない。
彼と目が合う。凛々しい表情に圧倒されそうになる。目が、まるで強い光でも放っているようにも感じられた。思わず身構える。
一瞬の静寂。今は、自分達の発する音以外この世界には存在しない。ごくりと息を呑む。彼は漸く口を開いた。

「お前の歌声を俺にくれ」

「はっ?」

一陣の風が、二人の間を駆け抜けた。

<< >>