▼笠月
01/20 17:22(0


ホームまでの階段を駆け上がって、ついさっきさよならを言った相手を探す。
「あ、電車。」
反対側のホームにはすでに電車が来ていた。もう乗ってしまったかもしれない。
この前、偶然線路越しに目が合ったときは(そんなことは初めてだった)、互いに照れ臭くて軽く頭を下げただけだった。それでもやっぱり嬉しくて、だから今回も、と思っていたのだけれど。
「ちょっと残念だなあ」
ビー、笛が鳴って扉が閉まったようだ。ゆっくり電車が走り出して、あっという間に強い風が吹きつけた。ああ、寒い。隣に一人いないだけで随分な差だ、なんて思った。ポケットに手を突っ込んでマフラーに顔を埋め、一人でぽつんと立ったホームはやけに明るい。ぼんやりとホーム下の石ころを眺めていた。
すぐに電車の到着を知らせるアナウンスが流れ出した。ちらと電車がくる方向を窺う。電車のライトが遠くで光った。
そのとき、手の中のものが震えはじめた。携帯電話だ。ポケットから取り出す。電話だ、発信元は、
「笠松さん!?」
『おう』
「えっなんで……、あ」
パッと顔を上げたら正面にいた。ドッと心臓が波打った。
「え、うそ、もう電車乗ったのかと」
『あー、それはな、乗り遅れた』
気まずそうに目をそらすのも、よく見える。線路越しに、それでも、遮るものはない。
キィィ、電車が近づいてくる音が聞こえてきた。
「乗り遅れたん、ですか。笠松さんが」
『うるせー』
「あー、確かに電車がうるさいですねー」
轟音が声を消しそうになって、負けじと大声を出した。一瞬顔を照らされて、それからまた風に髪を乱される。人気のない車内と、窓の向こうの笠松さん。鬱陶しそうな顔をして、肩を竦めている。寒そうだ。
『今なんつった?聞こえなかった』
「え?何か言いましたか?」
口が動くのだけが見えていて、もどかしいやら面白いやらで笑ってしまった。そのときちょうど静かになったホームで声が響いた。慌て口を噤んだと同時に目の前の扉が開いた。窓ガラスを隔てて、笠松さんを見る。

『じゃあな』
「え、ああ、はい」
『なにぼやっとしてんだ』
「えーと、ははは、乗りたくないなーとか」
『いいから乗れって』
「はーい」
『切るぞ』
「はい」
『……』
「……」
『…切るぞ』
「切ればいいじゃないですか」
『なら早く乗れよ』
「……電話が切れたら」
『おいドア閉まるぞ』
「じゃあ電話切ってください」
『……ドア、閉まったな』
「閉まってしまった」
『お前な』


それから何本の電車を逃したかなんて、後から思えばくすぐったくって誰にも言えない。

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