▼付喪神伊月
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ある日突然目の前に飛び降りてきたのは伊月と名乗る美しい青年だった。


伊月、と言えば代々この木吉家で大切にされてきた大きな鏡の裏に彫られた名前だ。それを言えば、真夜中に月を映した池のような瞳がすうっと細くなった。

紺絣に紺の袴の立ち姿は凛としていて、裸足に高下駄を履いて歩く様は研ぎ澄まされたようだったが、話し方も考えることも見た目ほどは大人しくなかった。有り体に言えば、子どもっぽいのだ。




「へえ、お前にはまだ見えるのか」


大晦日も近づいてきた冬の晴れた日に蔵を掃除していたところ、どこからか降ってきたかのようにみえた人影は驚いて尻餅をついてしまった俺を見下ろして静かに言った。その声は、埃っぽい蔵のなかで一層冷たく響いた。
恐る恐る目線を上げていくと、そこには存外嬉しそうな顔があって、再び驚く。風に逆らうことを知らない真っ直ぐな髪、絹のように真っ白な頬、僅かに差し込む日の光を反射する黒々した瞳。薄暗い蔵の中でも一段と暗くなった影のなかに佇んで微かに微笑むその美貌に目を奪われ、俺は数秒動けないでいた。

「ホっ」

やっと発した声は裏返ってしまった。コホンと一つ咳払いをして、気を取り直す。

「他の人には、見えないのか?」

言ってから気が付いたが、もっと他に訊くべきことがあったはずである。だがそんな間抜けな言葉にも青年は綺麗に笑って応えてくれた。

「お前の爺さんは十二のときまでは見えていたみたいだけど、それっきりだったよ。ヒトと話すのはかれこれ………はて、何十年だったかな。それよりさ、お前、名前は?」

幼子のように透き通った両の目がこちらを覗き込んでくる。そして差し出された手を握って初めて自分が尻餅をついたままだったことに気が付いた。氷のように冷たい手に目が覚めたのだろう。

「えっと、きよし、木吉鉄平」

「俺は伊月、付喪神だ。よろしくな!」

伊月は俺の腕を引っ張り上げて、また花が咲くように笑った。




それからしばらく一緒に過ごすうちにわかったことがある。
長年人間に大切にされたモノに宿る付喪神だからか他の妖怪などに比べたら力は劣るようで、長々と姿を現していられるわけではないそうだ。また、日の下に出ると見えなくなる理由も最近理解した。キラキラと光を反射してしまって、蜃気楼のようになるのだ。

特に月が綺麗な夜を好んで姿を現す伊月は、黄昏時から辺りをふらついている妖怪たちを呼び止めては俺を紹介していく。妖怪なのだから当たり前なのだろうが、不思議で面白いやつばかりでどれだけ紹介されても飽きない。
何十年も寂しい思いをしてきたのかと心配していたから、仲間がたくさんいるのは良いことだ。






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唐突に始まって唐突に終わります

鏡のようにいつもひんやり冷たい伊月さんをギューッと抱きしめてたら色んな妖が木吉を引き剥がしにやってきます

花宮と今吉さんが狐であることしか決まらなかったからこれで終わる

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