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16.000hit nori様リクエスト/Home
船番では無かったのに、マルコ隊長の仕事を手伝っているうちに、降りるタイミングを逃してしまった。
たまにはゆっくり過ごすのもいいかなと、いつもより静かな甲板で顔馴染みの家族たちとだらだら時間を潰していたら、皆の視線がわたしの背後に注がれる。
「ん?どうかしたの?」
「邪魔して悪いな、ルリ借りて構わねェか?」
「あ、イゾウさん」
どうぞどうぞ、と揃いのポーズで皆は私を差し出し、そそくさと散会してしまった。
「いつの間に戻ってたんですか?」
確かイゾウさんは寄港してすぐに、ハルタたちと降りて行った筈なのに。
「そろそろ終わったんじゃねェかと思ってな」
「え?」
「ルリの事だから解放されても降りねェと思って、呼びに来た」
わざわざ戻って来てくれたんだ…!
こみ上げる嬉しさが顔に出そうになるのを必死に押さえ、下船の準備をする。
親父の縄張りの中でも特に親父への支持が高いこの島は、久しぶりのモビーディック号の寄港で軽くお祭りのような状態になっているらしい。
海賊をやってれば、どちらかと云うと歓迎されない事の方が常で。
それを悪いとか嫌だとかは思わないけれど、こうして親父の寄港を歓迎して貰えるのは、やっぱり嬉しい。
島のムードが家族たちの気持ちを穏やかにしていて、イゾウさんも例外ではないみたいだった。
その様子を見て、わたしも嬉しくなる。
普段は平穏な島が、屋台に大道芸、それらを楽しむ沢山の家族で賑わっていた。
島の子供たちも、海賊に臆する様子も無く無邪気にはしゃいでいた。
「白ひげの隊長さん、お連れの可愛いお嬢さんにどうだい?」
通りがかった花屋のお父さんが、イゾウさんに笑顔で声を掛ける。
「お嬢さんて歳じゃ無いのに…」
照れ隠しに小さく呟くと、イゾウさんがぽんとわたしの頭を撫でて桜色の小さな花を一輪籠から抜き、束ねている方の髪にそっと挿してくれた。
「わ…」
残りの花を束にしてモビーに届けさせる手配をしているイゾウさんを、惚けたまま眺める。
流れる様にスムーズだった一連の出来事に漸く思考が追いついて、急にドキドキと跳ねる心臓と、じんわり熱を帯びる顔。
「どうした?」
「あ、いえ…ありがとです」
必死に平静を取り繕って、絞り出す様に何とかお礼を言うと、イゾウさんはまた無言でわたしの頭を撫でてゆっくりと歩き出した。
人混みの中、いつの間にかイゾウさんに引かれていた手が離れない様に、少しだけ力を込める。
行き会う島の人たちが、みんなして"隊長さんの"と枕に付けてわたしを呼ぶ所為で、いつまで経っても収まらないドキドキと、人混みの熱で軽く眩暈を起こしそうだった。
「少し裏に入るか」
イゾウさんもわたしも、人混みは余り得意では無い。
それでも賑わう島の雰囲気は好きなので、たまに裏道に逃げながら、いつもゆっくりと街を周る。
「はい」
喧騒から外れると、繋がれた手に急に意識が集まる。
意識してしまうと指先から熱が伝わってしまいそうで視線を逸らすと、キラリと光る綺麗な硝子の並んだウィンドウが目に入った。
「綺麗…」
ポツリと呟くと握られた手が強く引かれ、そのままイゾウさんにそのお店へと導かれた。
「いらっしゃい。おや、白ひげの隊長さん」
「少し見せて貰って構わねェか?」
「勿論です。どうぞ、ごゆっくり」
硝子細工の工房に併設された小さなお店だった。
硝子玉のアクセサリーや、緻密な柄の彫られた切子の食器が並ぶ。
「あァ、ルリ好みだなこれは」
「このグラスでお酒飲んだら、美味しいですよね、きっと」
「…酒か?」
ククッとイゾウさんが軽く笑う。
「だって、お酒なんて飲めればいいって人ばかりだから」
甲板で勢い良く煽るお酒も勿論美味しいけど、綺麗なグラスに注いで飲むお酒の味はやっぱり格別だと思う。
「まァ、確かに他の奴らには理解出来ねェよな。粋だの風流だのってのは」
「です」
みんなには悪いけど、イゾウさんとわたしだけが共有出来る感覚が有る事が嬉しかった。
「あぁ、そうだ隊長さん。お話中悪いんですが」
「構わねェよ、どうした?」
「似合いの隊長さんたちには負けますがね、一揃えのいい切子が有るんですよ」
「へぇ、見せて貰おうか」
「えぇ、きっと彼女さんも気に入りますよ」
に、似合い?彼女…?
なにしれっと会話してるの、イゾウさん!?
「イゾウ、さん…?」
「どうした?」
「あの、今の…その…」
おろおろするわたしが何を言いたいか判らない筈は無いのに、フッと軽く笑ったイゾウさんは、お店の奥から出て来た店主さんの方へ行ってしまう。
「成る程、面白ェなこれは」
「でしょう?」
「貰おうか。後はさっきルリが見てたやつを」
「はいはい、これも良い品ですよ。流石隊長さんの彼女ですね、お目が高いです」
何やら2人で話してるけど、半分も頭に入って来ない。
か…彼女って…。
何度もイゾウさんと下船したけれど、お店の人のリップサービスとは云え、そんな事言われたのは初めてだった。
「じゃあ明日、モビーに届けてくれ」
「かしこまりました。ありがとうございます」
気付いたら店主さんに見送られてお店の外に出ていた。
どうやら止めてしまっていたらしい息を、ゆっくりと吐き出す。
息苦しさと恥ずかしさで、軽く涙目だ。
「イゾウさん…」
「どうした?」
「どうしたじゃないです」
少し斜め上を見ながら平然と煙管に火を入れるイゾウさんを、軽く睨む。
「…親父の娘を褒められてんだ、ルリも悪い気はしねェだろ?」
「…なんかすり替わってません?それ」
「さァな?」
「うー…イゾウさんの意地悪…」
クツクツ笑って歩き出したイゾウさんの後を追いかけて、再び街の中へ。
陽が落ち始める頃、ハルタたちと飲むというイゾウさんと別れ一人モビーへと戻った。
勿論イゾウさんは誘ってくれたけど、惚けたままの頭と身体ではお酒なんて味わえないと思ったし、何よりこんな状態でハルタやサッチと会ったら何を言われるか堪ったもんじゃない。
部屋に入ると、机の上に大きな花束が置いてあった。
昼間イゾウさんがモビーへ届けるように頼んでいた花束だ。
まさかわたしの部屋にだったなんて。
ふふ、っと零れる笑みを今度は隠さず、適当な瓶を見つけて花束を挿し、イゾウさんが髪に挿してくれた一輪の花はそっと本の間に挟み込んだ。
わたしだって、本当は凄く嬉しかったんですよ、イゾウさん。
花束のおかげでいつもより華やいだ部屋で、今日の余韻に浸りながらゆっくりと眠りに就いた。
――翌日
買出しで不在だったイゾウさんの代わりに、届けられた品物を受け取った。
渡された箱の上には『素敵なお二人へ』と書かれたおまけだと云う小さな箱。
昨日の事を思い出して再び上気する顔を見られない様、足早に戻った自室でそっと小さな包みを開く。
中にはお揃いの綺麗な箸置きと『いつまでもお幸せに』と書かれたメモ。
容赦なく崩れる顔を止める術は無く。
メモは、昨日の花と一緒に本の間に挟んだ。
これは、わたしだけの秘密。
fin.
リクエスト内容は「下船中に立ち寄った店の人に、カップル扱いされて慌てるヒロインとまんざらでもないイゾウさん」でした。
nori様、ありがとうございました!
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