05.休憩時間
お昼を過ぎた頃、少しずつ店内が賑わい始める。
カランカランとドアベルが鳴り、意識を向けるとサンジさんの姿が目に入り、女性のお客様か。と呆れたようにお冷をとお絞りを用意した。
「いらっしゃいませ…あ」
「こんにちは」
「たしぎちゃん!もうお昼休み?」
今朝約束した通りにたしぎちゃんが来てくれた。
こういう、約束をちゃんと守ってくれる所もモテる要素の一つなんだろうな、と感心する。
「早目に休憩を頂いたので」
「そうなんだ。…あ、私ももうすぐ休憩なんだけど、良かったら一緒にお昼どうですか!」
「はい。ご一緒させてください」
いつもはスモーカーさんが居るから誘い辛いというかなんというか…
サンジさんが原因の一つでもあるんだけど。
朝からついてなかったから、たしぎちゃんのふんわりとした雰囲気に存分に癒されよう。
暫くキッチン内で作業をしているとサンジさんから声がかかる。
「カナちゃん、休憩行っておいで」
「はーい!今日はたしぎちゃんと一緒に食べますね」
そう言ってエプロンを外すとサンジさんは鼻の下を極限まで伸ばしただらしない顔をしたが、この店で働き出して磨かれた最大限のスルースキルを発動した。
しょんぼりとしているサンジさんを無視して特製のオムライスをふたつ持ってたしぎちゃんの座るテーブルに急ぐ。
「はい、これサンジさんから」
「えっ、私までいいんでしょうか?」
「いーのいーの。サンジさん、たしぎちゃんの事凄く気に入ってるし」
二人でチラリとサンジさんを見れば、さっきと同じようにだらしない顔で手を振っていた。
ね?とたしぎちゃんに言えば案の定の苦笑い。
「後でお礼を言っておきます」
「デートにでも誘ったら毎日食べれるよ」
「…それはお断りします」
軽い冗談を言い合いながら世間話をする。
朝の出来事の記憶を薄めてくれるくらいに私の心はたしぎちゃんの笑顔で癒された。
お腹も満たされ、後の時間もなんとかやり切れそうだ。
「では、そろそろ戻りますね」
「たしぎちゃんありがとう!また休憩被ったらお昼一緒に食べよう!」
「はい」
お会計をサンジさんに任せて私はエプロンを取りに行った。
気合いも入ったし、いっちょやりますか!
と意気込んでホールに入る。
「休憩ありがとうございました」
「構わないさ。レディには休息が必要だろう?俺はそんなレディ達に最高のおもてなしをすることが使命…いや、宿命だからね」
「意味がわかりません。忙しいときは働くのでご心配なく」
サンジさんを一喝して店内の状況を把握するために見渡すと見覚えのある綺麗な黒髪が目に入った。
「げっ…」
「ん?どうしたんだい?…あ、あぁ…えーっと…」
「イゾウ、さん」
「そうそう。カナちゃんがエプロン取りに行ってる間に来やがったんだ」
ま、まじですか…
確か夜の常連さんなんじゃ無かったっけ?
サンジさんも珍しいな、なんて言いながらオーダーを作りにキッチンに入って行った。
なんでこの時間に…と思って凝視していると、イゾウさんの持っている本が目に留まった。
あの本…私も好きで読んでるやつだ。
結構いい趣味してるじゃん。
ぼんやりそんな事を思っているとすいません、とお客様から声がかかり返事をしてイゾウさんから視線を外した。
マニュアル通りの事を淡々とこなし、時には常連さんのお話の相手をしているとあっという間に時間は過ぎて行った。
「すいません」
「はい!ありがとうございます」
レジカウンターに置かれていた伝票を打ち込み、顔を上げるとニヤニヤと笑っているイゾウさんが立っていた。
「げぇ…」
「お客に対してそれはねェだろう」
困ったように笑うイゾウさんに金額を伝えお金を頂いてダルそうに受け答えした。
「丁度いただきまーす」
「カナはいつもこんな接客態度なのか?」
「イゾウさん限定でーす」
「ククッ、俺限定か」
この人は本当によく笑う人だな。
っていつも悪い笑顔しか見てないんだけど。
「ありがとうございました。とっとと気を付けてお帰りくださいね」
「マスターみたいな言い方してんじゃねェよ」
「あたっ」
頭を小突かれキッとイゾウさんを睨み付けると頑張れよ、なんて優しい言葉をかけてくれて怒るに怒れなくなった。
「じゃ、また後でな」
「あ…ありがとうございました」
なんなんだ一体。
変態だったり優しかったりわけがわからない。
すいません、と呼ぶ声で我に返り腑に落ちないまま残りの時間、仕事に専念した。
(s)
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