03.朝の洗礼


朝の日の光を浴びて目が覚める。
見慣れない天井に一瞬回らない思考が完全に止まった気がした。

そういえば管理人になったんだった。

そこまで考えたと同時に思い出したくない記憶が蘇る。

パ、パンツ見られたんだった…

呆然とベッドに横たわったまま昨日の事を思い出し一気に顔に熱が集中する。
ハッとしたように携帯に手を伸ばし時間を確認すると時刻は7時前。
今日、バイトは早番だけどいくらなんでも起きるのが早過ぎた。
二度寝しようにもいらぬ記憶のせいで完全に目が覚めてしまった。

「…起きるか」

重い体を起こしクンッと伸びをする。
カーテンを開け、顔を洗って歯を磨き化粧に着替えといつも通りの作業をこなしていく。
前に住んでいた所でシフトを貼り付ける為に使っていたマカロンの形をしたマグネットを取り出し自室のドアを開けると、なにやら美味しそうな匂いがふんわりと漂ってきた。

「お、おはようございます」

マグネットを外出の方にくっつけてキッチンの中を覗けば金髪の見た事ない人がせっせとオニギリを握っていた。

「おっ、おはよう!早ェんだな!」
「サッチさん?!」

振り向いてニッカリ笑って挨拶したのは昨日とは別人のサッチさんだった。

「リーゼントじゃないから分からなかったです」
「こっちの俺も格好良いでしょ?」

ニコニコしながらオニギリ握る姿が不似合いすぎてちょっと笑ってしまった。
でもそんなサッチさんを可愛いと思ったのは内緒にしておこう。

「朝ご飯ですか?」
「うん、イゾウのね。あいつ朝は米じゃねェと怒るんだよ」

なんて我儘な人なんだ。
私の中でイゾウさんは昨日の事を含め印象があまりよろしくない。
本当に残念なイケメンだ。
大変ですね、と言えば、朝飯までが俺の仕事!と爽やかな笑顔で言われた。

「カナちゃんも食う?」

味噌汁もあるよ、と握り終わったオニギリをお皿に分けてお味噌汁を三人分お椀に装ってくれた。
サッチさん越しに見えた巨大オニギリの存在は見なかった振りをして小さなトレーにオニギリのお皿とお味噌汁を並べた。

サッチさん、凄く良い人だな。
料理も出来て優しくて良いお嫁さんになりそう。

「悪ィんだけどさ、イゾウ起こしてきてくれねェ?」

心底申し訳なさそうに顔の前で両手を合わして頭を下げるサッチさん。
あまり乗り気ではないがご飯のお礼にと、いいですよ、と承諾すればパァアっと表情が明るくなった。

「まじで?!助かる!サンキュー!」

テーブルにトレーを並べて行ってきます、と伝えれば、気を付けてな、と意味深な言葉が返ってきた。

「ノックしても返事無かったらドア開けていいから!」
「了解でーす!」

初めて二階へと登る。
部屋どこだっけ?聞いとけば良かった。
と思ったがその心配はすぐに消えてなくなった。
一つ一つのドアにご丁寧にマグネットと似たようなシールのようなものが貼られていた。

「ここかな」

変なシールが貼られているドアの前に立ち、コンコンとノックをする。
が、なんの音沙汰もない。

ドア開けていいって言ってたし…
泥棒になったような気持ちになりつつお邪魔しまーす、と小声で声を掛ける。
部屋に入ると男の人とは思えない程綺麗にしてある部屋が広がっていた。

「イ、イゾウさーん?」

何回か名前を呼んでみるが返事はない。
人のいる気配すらないから少しビビってしまう。
意を決して部屋に踏み込むとドアから死角になっていた場所で規則正しい寝息を立てたイゾウさんの姿を発見した。

…存在してるだけなら格好いいな。

そんな考えにハッとしてイゾウさんを起こしにかかった。

「イゾウさん!朝ですよ!!」
「んー…」
「イゾウさッ、きゃ!」

グラリと視界が反転し背中に少し衝撃が走った。
気付いた時には目の前にイゾウさんがいてがっちり手首を布団に抑えつけられていた。
まさに押し倒されている状態だ。

「イ、イゾッ、さん?」
「……」

此方を睨みつけるようにグッと目を凝らす。
こ、怖い…!
だからサッチさんあの時気を付けろって言ったの?!

「だれ、…カナか」

寝ぼけているのかそうでないのか。
相手が私だと分かると手首を離し立ち上がって伸びをするイゾウさんに呆気に取られて動けないままの私。
一体なにが起こったのか未だに理解出来ないでいる。

一度ならず二度までもこの男は。


考えれば考えるほどわけが分からなくなる。

「いつまで寝てんだ?」

一向に動かない私を見兼ねてイゾウさんに言われた言葉に苛立ちを覚えた。

「〜ーッ!ばか!!」

子供みたいな捨て台詞を残してロビーまで一気に駆け下りた。

「悪ィなカナ!イゾウ起きたか?」

さっきまで天使のように感じていたサッチさんにさえ苛立ちを覚える。
サッチさんのせいで!と言いたい言葉を目で訴えるように睨みつけながらドカリとソファーに腰を掛けオニギリを頬張った。

「え、なに、もしかして殴られた?顔赤いけど大丈夫?」
「サッチお前、カナに頼んだのかよい」

新聞を片手にコーヒーを飲むマルコさんが飽きれたように言う。
触れた頬はサッチさんの言う通り熱を帯びていて、それはさっき走ったからだ、と自分に言い聞かせる。

「別に…何もなかったです」
「なら何怒ってるんだ?」

後ろを振り返るとニヤニヤと笑いながらイゾウさんが立っていた。
分かってるくせに…誰のせいだと思ってるんだ。

「イゾウ。お前マジで何したの?」
「別に。ただ押し倒しただけさ」

しれっと答えるイゾウさんに声を荒げそうになった時、遅刻だー!と叫ぶ声と共にバタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。

「エース!ほらっ!」

サッチさんがエースくんに向かってさっきキッチンで見た巨大オニギリを投げた。
それを受け取ると、サンキュ!と手を上げ瞬く間に走り去って行った。
これから毎朝こんな感じなんだろうか。
考えただけでげんなりする。

「…はぁ、バイト行ってきます」

小さく息を吐いて食器を流し台に持って行く。

「俺もそろそろ行ってくるよい」

鞄を取り、そう言ったマルコさんと共に玄関へ向かう。

なんか朝から凄く疲れた。
私バイト中体力持つかな…

クツクツと笑うイゾウさんと私たちに小さく手を振るサッチさんに行ってきます。と伝えてバイトに向かった。

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