Truth | ナノ

  51.運命と悲しすぎる予感


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きっちりと夜の帳が降りた街のそこかしこから、酒と金と女の気配が漏れ漂う。

リリィが違和感を感じた昼間のそれと比べたらごく自然な、イゾウにはよく馴染んだ何処にでもある夜の顔。
この空気の中では、逃げる女と追う男など日常茶飯事の光景で、いちいち気にする人間は殆ど居ない。島民の多くが後ろ暗い所を掴まれているなら、尚更だろう。我関せず、触らぬ神になんとやら、が、今この島で生きる為に必要なスキルなのだ。




イゾウは夜空に目を遣るが、大きく旋回する不死鳥は見えない。
異常無し、問題無しの場合のみ、島の何処に居ても分かるように、マルコは上空で大きく円を描いてから降りる。未だ戻らないのか、それとも一直線に降りたのか……

「リリィさんと初めに話をした時からずっと、聞きたい事が有ったんです」

話しながら歩いている所為で時折開く距離を小走りで詰める彼女に合わせ、イゾウは僅かに速度を落とした。
気が急いて早足だった…訳では無い。原因は言うまでもなく、隣に居るのがリリィじゃないから――

リリィはいつでもどんな時でも、離れる事なく自分の横を歩いていて、歩く速度など気にする必要が無かったのだ。

違和感などなく自然に、それが当たり前になる程に、リリィは自分の隣にすっぽりと収まっていた。

(くそ、こんな事で…)

リリィは平均的な女性と比べたら幾らか身体を鍛えていたし、身体能力も高かった。それは元の世界でのリリィの仕事に因るんだろう。どんな仕事かは、思い出せないままだったが…

反応の無い自分に不安げな目線を送る彼女に気付き、イゾウは黙ったままで続きを促す。

「怒らないで下さいね?…海賊と居て、怖くないのかなぁ…って。そう思ってたんですけど…さっき皆さんを改めて見て、少しだけ腑に落ちました」
「…リリィにはそういう概念はねェんだ。人種や職業や性別や、そんな尺度で人を見てねェからな」

能力者と初めて直面した日のリリィの顔も声も、未だにはっきりと浮かぶ。あの時の発言で、一気にリリィとの距離感が縮まったのだ。皆も、自分も。

「それでもやっぱり、私なら怖いと思っちゃいます」申し訳なさそうにそう言う彼女の感想が、きっとごく一般的なものなんだろう。


知らない世界にも海賊船にも臆する事なく、するりと馴染んでしまったリリィ。
不安な顔を見せなかった訳では無いが、それ以上に前向きで真っ直ぐで迷いの無いリリィが好きだ。
対等な位置で引っ張り続けてやりたい、自分にそう思わせた女はリリィが初めてだった。

(リリィを何処に隠しやがった…。いや、隠されたなら見つけられる。最悪なのは…)

最悪のシナリオを打ち捨てる様に小さく頭を振ると、イゾウは再び夜空を仰いだ。
そこにはやはり不死鳥の姿は見えず、星だけが何も知らずに瞬いていた。




* * *


この数日で見慣れた店の扉を開けると、嫌になる程に耳馴染んだ声が聞こえた。彼女をここまで送るのは予定外だったが、結果として一石二鳥だったらしい。
珍しくカウンターに座り、隣に商売の女も置かずに飲む兄弟の弛緩した姿に、イゾウは露骨に眉を顰める。

(こいつもまだ何も知らねェんだったな…)

「お、イゾウ…とお嬢ちゃんも一緒か。リリィはどうし…いってえぇぇ」

サッチが最後まで言い切る前に、イゾウが拳骨を落とす音とサッチの叫びが同時に響く。

「イゾウてめ…っ、イキナリ切れてんじゃねぇっての」
「煩ェ、テメェがチンタラやってるからだろうが」

今夜のサッチの役目は、朝までの時間を使いゆっくりと必要な情報を手に入れる事。
しかし、状況は変わった。理不尽なのは承知だが、イゾウは気分的に殴らずにいられなかった。

イゾウの様子とリリィが居ない事、そこから何かを察せない程にサッチは鈍くは無い。むしろこういった事には敏感な方だ。

「…だからって殴んじゃねーっての」

反撃の言葉を渋々抑え座る様に促せば、素直にイゾウは腰を下ろす。その隣に座ろうとした彼女を何の気なしに自分の隣に誘うと、イゾウがほんの僅かに、小さく息を吐いた。

そこはリリィの場所だ。今は塞ぐ訳にはいかない――軽い下心から拾った確信に、サッチは今夜の予定を大きく方向転換した。




その晩サッチが目を付けた“情報通”の女性は、この酒場の店主だった。
結果としてサッチの目は正しかった。ただし、営業中にそんな話は出来ない。雑談程度はしたのだろうが、この時点でのサッチの収獲はゼロに等しかった。

少女と親しい店主は協力的で、話を聞くなり店を閉め、慣れた様子で手際良く客を払ってくれた。


「――人買い屋?」
「ええ、人間オークション…って聞いた事無いかしら?それと似たものらしいけれど…」
「なんでそんな奴らが平然とのさばってんだよ」
「別に平然とではないわよ。私が気付いた時にはもう、この島のあちこちに根を張られていたの。この島は“性善説”が根底に有るのよ。私は元々ここの人間ではないんだけど…」

店主はそこで言葉を切った。
生まれも育ちもこの島の人間の前では、些か話し難いのだろう。外から見て初めて分かる事もある。

「…うちの両親も親戚も、ほとんど人を疑う事をしない。もし騙されても「騙された自分が悪い」って言うし、そんな事を人に話すのは家の恥だ、例え悪人でも言いふらすのは相手に悪い…それが当たり前の感覚だった」
「それは…悪い事では無いわ。今回はつけ込まれてしまっただけで」

自分にも少なからずその傾向はある…肩を落として俯いた彼女の手にそっと触れ優しく微笑むと、店主は話を続ける。

「そのお陰で悪事が表面に出難いし、ここはログもすぐに貯まる。他で攫って経由するにしても、寄港した船から攫うにしても、時間が短いのは奴らにとって好都合なの」
「…随分と、詳しいな」

黙って聞いていたイゾウがここへ来て初めて煙管に火を入れ、店主へ厳しい目線を向ける。

「あら、やっぱり疑われたわね」

そう言われる事は予測済み、と云った顔でクスリと笑った店主は、カウンターの下から古ぼけた一枚の写真を取り出しイゾウの前に置いた。

「……昔、妹を攫われたのよ。必死に追いかけて辿り着いたのがこの島だった。ここから先の行方は、調べても分からなかった」

はっ、とサッチの向こうから息を飲む気配がした。初耳だったのだろう。

「私には力が無かった。でも貴方たちは違う。絶対に見つけてあげて」
「言われるまでもねェよ」

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