08.吹き抜ける風
イゾウさんに担がれたままモビーに帰ったら、食材の買い出しを終えて戻っていたサッチに大笑いされた。
「何の戦利品かと思ったらリリィかよ」
「好きで担がれてる訳じゃ…」
船番の家族の人たちも、好奇の目線を向ける。
「イゾウさん、本当にもう大丈夫ですから…」
「リリィ泣きそうだぜ。降ろしてやれって」
何がそこまでツボに入ったのか、お腹を抱えてヒーヒー笑いながらサッチが言ったお陰で、漸く私は解放された。
「何でそんな事になっちゃった訳?」
サッチの疑問は当然で、マルコさんもさっきイゾウさんの言った「面白いモン」の答えを聞きたがったので、荷物を置いてから食堂で説明をする事になった。
食堂の隅に椅子を寄せて円座になり、エリンが要領良く掻い摘んで説明してくれているのを聞きながら、サッチの淹れてくれたコーヒーを手に考えていた。
無意識に動いた身体
沸き上がった嫌な感覚
私の思い出せない記憶とどう関係が有るんだろう。
そして、イゾウさんに抱きかかえられた事
嫌じゃ無かった。
掴まれた手の感触
回された腕の頼もしさ
抱え上げられた時に触れた身体の温かさも
全部…
「・・・・と、言う訳なのよ」
「成る程なぁ。ちょっと納得したわ、俺」
「どう言う事だよい?」
何本目かの煙草に火を点けながら、うんうんと一人納得した顔でサッチが言う。
「いやさ、リリィが今朝、俺にパンチ喰らわせてくれたんだけどよ」
「は?」
「勿論避けたぜ?でもこいつ、俺の顔見たままで結構なスピードで的確に脇腹狙ったんだよ。で、筋イイなって思ってた訳」
確かに、あの時サッチにそう言われたけど…
そんなにちゃんとした根拠が有って言われてたとは思わなかった。
「で、男投げ飛ばしたんだろ?それならアレも納得出来んなーと」
「何かそういう事をしてたって事?」
「そういう可能性も有る、って事だな」
「それに、俺最初から思ってたんだよな」
ニヤッと笑ったサッチが、私の足を見ながら言った。
「リリィの腕とか足とか、細いけどすげー引き締まってんだろ?絶対鍛えて・・・イテぇっ」
皆まで言う前に、両隣に居たイゾウさんとマルコさんから拳骨が飛んだ。
「おめぇはそんな目でリリィ見てたのかよい」
「相変わらずだな、お前は」
「呆れた・・・」
呆れ顔の三人の視線が痛くなったのか、サッチは立ち上がって軽く身体を伸ばした。
「観察眼って言ってくれって。さて、俺は降りっけど、イゾウどうする?」
「俺は今日は降りねェよ」
「へぇ、珍しい。んじゃ、おネーちゃんは俺が独り占めな」
リーゼントを整えながら、軽い足取りでサッチは船を降りて行った。
「んじゃ、おれは仕事してくるかねい」
「私も船長の様子を看てくるわ」
「あ、お二人ともありがとうございました」
「今度は邪魔者は置いて、女だけで出かけましょうね」なんて言うと、何か反論したげなマルコさんを連れてエリンは出て行った。
後でオヤジさんにもお礼言いに行かなくちゃ。
食堂には、私とイゾウさん。
入口から遠い机には、のんびり寛ぐ家族の人たちも居る。
カップの底に僅かに残ったコーヒーに映る自分を見ながら、必死に思考を巡らせる。
身体が動いたのは全部無意識で、つまりは身体に染み付いてるって事なんだよね。今迄の感じだと、趣味嗜好は覚えてる物が多かったから、仕事って事になるのかな…男投げ飛ばす仕事って何してたんだ私。
初めて掴んだ欠けた記憶の欠片だけど、これだけじゃ何も分からない。
でも今はそれよりも…
「おネーちゃん、か…」
思わず呟いていた。
その言葉に含まれてる意味が判らない程、私は子供じゃない。たまの下船だし、息抜きは必要だよね。
でもー…
「イゾウさんは、良いんですか?」
「何がだ?」
「サッチと降りなくて…」
「リリィが降りてェなら付き合ってやるが」
「じゃなくて、その…」
クツクツと笑いを噛み殺しながら煙管に火を入れてゆっくりと一口味わうと、イゾウさんはぽふんと私の頭を撫でた。
「物分りのいい女は嫌いじゃねェが、無理する女は好きじゃねェな」
「は…?」
「余計な事は気にすんな。色々考えてェんだろ?付き合ってやるよ」
見透かされる心と
掻き乱される心
この人は私を
私はこの人をー
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