Truth | ナノ

  07.一番強いのは




「リリィ!?」

驚くエリンの声が聞こえた
唖然とする男の顔が見えた

でもきっと、一番驚いているのは、私





隙だらけだった男の襟首を掴んで、その場に引き倒していた。
特に力を入れてもいないし、何かしたつもりも無いのに、いとも簡単に男は私に組み伏せられた。

「リリィあなた…」
「…私も、驚いてる…」

嗚呼…まずいかも。

我に返った所為で、急に身体が動かせなくなってしまった。
唖然としていた男の表情が、徐々に怒りを含んだそれへと変わって行くのが見えているのに、指先一つ動かせない。

「リリィ!早く離れなさい!」

エリンに全力で引き起こされ…違う、この手の感触は…

「イゾウさん!?」
「それだけ動けりゃ、上等だな」

片手で軽々と私を引き寄せたイゾウさんは、起き上がろうとする男の頭を容赦無く足蹴にすると、静かに銃口を向けた。

その顔を見上げて、ゾクリ、とした。
最初に暗闇で見たイゾウさんが、そこに居たから。忘れかけてたけど、この人たちは海賊なんだ。

「イゾウ隊長…!リリィが…」
「判ってる」

大きな手が私の左耳を塞ぎ、右耳がイゾウさんの身体に押し付けられる間際「見るんじゃねェぞ」と小さく聞こえた。


でも、私は―

目を反らしちゃいけない。
現実をちゃんと見なくちゃいけない、と。

何故か、思ってしまったんだ。


すぐ近くから聞こえる乾いた発砲音。
イゾウさんの身体越しにその微かな反動が伝わって、キュッと唇を噛んだ。
躊躇う事なく放たれた弾丸は、石畳を砕く鈍い音を立てて男の頭スレスレにめり込む。

「ひっ…!」

思わずギュッとイゾウさんの袂を掴んでいた。

「お前さん、ツイてるなァ」
「あら…」

真っ青な顔で、足を縺れさせながら逃げ出した男を追い掛ける様子も見せず、イゾウさんはゆっくりとした所作で拳銃を袂に仕舞った。

「見んなつっただろ…大丈夫か?リリィ」


近い筈のイゾウさんの声が、遠い。

ふつふつと心の中で黒い波が沸き立つ。

怖いとか驚いたとか、そういう事じゃない。
何かが、私の心の奥深くから這い出て来ようとして来る嫌な感覚が、全身を侵食しようとしていた。


「リリィ、大丈夫?」
「大丈夫、です。ちょっとびっくりしましたけど…怖くはなかった…です」
「びっくりしたのはこっちよ。いきなり投げ飛ばすなんて…」

安堵の表情を浮かべたエリンが、直ぐに整った眉を歪めながらイゾウさんを睨む。

「黙って見てるなんて、本当にイゾウ隊長は悪趣味ね」
「偶々だよ。見てた訳じゃねェ」
「どうかしら」
「…なんだ、イゾウ居たのかよい」

荷物を持ったまま、汗ひとつかかずに涼しい顔でマルコさんが戻って来た。

「硝煙臭え。撃ったのかよい?」
「えぇ、頭の横スレスレをね」
「へぇ…お前が見逃してやるなんて珍しいねい、イゾウ」
「この状況で撃てねェだろ」

言いながらイゾウさんが私の身体に回した腕に力を籠めたので、そこで漸く自分の置かれた状況に気が付いた。

私、イゾウさんに抱きかかえられたままだった…!しかもマルコさんとエリンの居る前で。

「あ…」

みるみるうちに身体中の熱が顔に集まり、二人の視線が急に恥ずかしくなる。

「イ…イゾウさんっ、ごめんなさいっ。もう大丈夫ですっ」

回された腕を解こうとしたら、頭の上からクツクツと笑う声がした。

「離しても構わねェが…」

ふっと力が緩められた途端、へにゃりと崩れ落ちそうになる私の身体は再びイゾウさんに支えられた。

「あ…れ?」
「足震えてんだろ。気付く余裕も無ェとはな。さっきの威勢はどうした?」
「さっきの威勢?」
「あァ、面白いモン見せて貰った」

威勢も何も、さっきは本当に無意識で何で身体が動いたのか自分でも判らないのに。それに、全身を舐める様に沸いたあの感覚は…

「ちょっと二人とも!雑談するならモビーに戻ってからにして下さい」

パンパン!と手を叩き、有無を言わせない口調でエリンが言う。

「マルコ隊長は荷物、イゾウ隊長はリリィを頼みますね」
「…よい」

ん…?
頼むってどういう事?まさか…

「わ…!」

そのまさか、だった。

イゾウさんは私を軽々と担ぎ上げると、二人の後を追って歩き出した。

「ちょ…イゾウさん!もう歩けますから!これじゃあ誘拐されてるみたいに見え…」
「構わねェだろ、俺たちは海賊だからな」
「…そうでした…」

前を歩くマルコさんとエリンの肩が、プルプルと震えていた。
どうせなら、笑い飛ばしてくれればいいのに。


イゾウさんは強かったし、見てないけどマルコさんも強いんだと思う。

でも、一番強いのは…エリンの様な気がする。

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