Truth | ナノ

  06.拡がる世界




世界が広がると、自分が広がる
だから、旅が好きだった

今新しい世界を知るには、覚悟が要る

知らないと云う事
それはつまり、私が―




きっと嫌でも、現実を思い知る





「わぁ…!本当に島だ!」

まだ遠いけれど、今までに見かけた無人島なんかとは比べ物にならない位大きな島の影が見えて来た。

気付いたらここ、モビーに居た日から数日。
私の世界はこの船が全てだった。

「そんなに大きくねぇが、色々揃えるには充分な街が有るからな。必要なモン、ちゃんと纏めとけよい」
「ナースさん達のお陰で今でも充分足りてますよ?本当にこれ以上は…」
「オヤジにも言われてんだ。遠慮無く甘えとけよい」
「…はい」

まだ満足に船でのお手伝いもしていないのに、何から何までお世話になりっ放しで本当は気が引ける。
でも、今の私にはまだ甘える以外の術は無いから。
慣れたら少しずつお返ししていこうと、心に決める。


徐々に速度を落とし、船は島へと近づく。


オヤジさんに言われた「他の世界から来た」と云う言葉。
ホントは、まだ信じている訳では無い。
ううん、信じたく無かった。

世界は、広い。

海賊船だとか身体の大きな家族の人達とか、実は私が知らなかっただけで、陸に降りたら私の知っている世界が広がっている。

そんな微かな希望を持っていたかったから。



甲板が少しずつ賑わい始める。
隊長さん達が指示を出しているから、下船準備が始まったと判った。
こうして見てると、いつもは食べて寝て、はしゃいで怒られてばかりのエースもちゃんと隊長の顔をしていて、思わず笑みが零れる。

増えていく家族たちを眺めながら、無意識のうちにイゾウさんを探していた。
16番隊は不寝番だったので、今日はまだ顔を見て居なかった。

「お、リリィ居た居た」

煙草に火を点けながら、サッチが近づいて来る。エプロンは外してるから、今朝は仕事が終わったみたいだ。

「悪ぃんだけどよ、イゾウの部屋に飯届けてやってくんねぇ?」
「あれ、イゾウさん起きて?」
「んや。多分寝てっけど、起きたらどうせ飯食うし。置いときゃいいからよ」
「りょーかい。そーっとね」
「得意だろ、リリィ」

普段から下がってる眉を更に下げながらニヤリと笑うから、脇腹狙ってグーパンチをお見舞いしてやった。

「お、筋いいんじゃねぇの?」

…微妙な事で褒められた。
勿論、擦りもせず避けられたけどね。



下船準備の為に自分の部屋に戻るついでに、イゾウさんの部屋に寄る。

―どうしよう、ノックするべきか。
サッチには起こさないでいいって言われたけど、静かに入ってこの前の二の舞にはなりたくない。

銃口を向けられるより、起こして不機嫌なイゾウさんの方がマシ、かな。

いつも通り声を掛けノックして、でも静かに部屋へ入った。

良かった…起こしてない。

射し込む陽光から逃げる様に、シーツに包まって小さく寝息を立てるイゾウさんを横目に、そっとトレイを置いて部屋を出ようとしたら、視界が勢いよく歪む。

「う、わっ…イゾウさん!?」

不意に思いっきり手首を引かれ、ぽすん、と腰が落ちたのは、イゾウさんのベッドの上。
振り向き様にはらりと落ちる髪から覗く、眠たそうな顔が、近い。

「リリィ…降りたんじゃねェのか…?」

寝起き独特のいつもより艶っぽいイゾウさんの声が、耳を擽って全身を駆け巡る。

「っ…これから、です。サッチがご飯、届けるようにって」
「マルコがー」
「はい??」

寝ぼけてる…?人の話聞いてないな、イゾウさん。

「一緒に行くんだろ?」
「あ、はい。あとエリンが」

ナース長のエリンも、一緒に行ってくれると云う話だった。

「じゃァ、心配いらねェな…不死鳥がお供なら問題ねェだろうが…俺も後で行く…」

私の手首を掴んだまま、再び寝入ろうとするイゾウさんの声は、徐々に小さくなる。

「下船の話出てから…不安そうな顔してただろ…」
「え?」

どうして?
不安なんて口にして無いし、態度に出したつもりも無いのに―

イゾウさんからの返事は無く、代わりに聞こえたのは寝息。

「寝るの…はや」

少しずつ解れて行く指は、明らかに男の人のモノだった。
もう少し触れていたい、なんて思っている自分に気付いて、慌てて指を離す。

そっと自分の手首を引き寄せると、トクン、トクンと脈が煩く音を立てていた。


捲れたシーツを掛け直して、起こさない様にそっと、扉を閉めた。

「おやすみなさい、イゾウさん」




* * *

エリンは私服でも綺麗だった。
ナース服より露出は少ないのに、漂う色気は変わらず女の私でもドキドキする。

「不死鳥が一緒なら、安心ね」

不死鳥――そう云えばさっきイゾウさんも言っていたっけ。

疑問を貼り付けた私の表情に気付いたエリンは、チラリとマルコさんを見ながら「判るわよ、きっとすぐに」なんて、勿体付けた言い方をする。


流石に海賊船が正面切って入港する訳には行かないらしく、港から少し離れた入り江にモビーは停まっている。
浜に向かって架けられた長いタラップをゆっくりと降り、静かな波の打ち寄せる浜辺に足を着けた。

「久しぶりの、地面だ…」

ぽんぽんと軽く跳ねて、足元の確かな感触を味わった。
こんなに長く船上に居た事は初めてだったので、しっかりとした足元が逆に落ち着かない。

「行くぞい、逸れんじゃねぇぞ」

いつの間にか波打ち際から遠く離れた所に立っていたマルコさんを、慌てて追い掛ける。



確かに、そこは街だった。
市場が立ち、沢山の人で賑やかで、活気が有って。

でもどこか違う。
露店に並ぶ品、行き交う人々、聞こえる音、空気。

じわり、と嫌な汗が背中を伝う。


私はこの世界を、知らない―


「リリィ?大丈夫?」
「あ、うん…なんでもない」


エリンとの買い物は、楽しかった。

船の上に居るだけなら化粧品なんて要らないと言った私を、満面の笑みと迫力のある仁王立ちで諌め、日用品から下着まで、抜群のセンスで選んでくれる。
増えていく荷物を容赦なくマルコさんに持たせる姿からは、色気を凌駕する貫禄が溢れている。

だって、マルコさんが小さく見えるんだから。

お陰で湧き上がり掛けた不安は胸の奥へ押し遣られ、いつの間にか心から楽しんでいる私が居た。

「あ、水着が欲しい」
「水着?」
「だって、ずっと海の上に居るんだもん。泳ぐのは嫌いじゃないし、下着より楽だし」
「リリィ…楽すると体型崩れるわよ?」

呆れた顔をしながらも、エリンは私より熱心に選んでくれる。
姉妹が居たか判らないけど、お姉さんがいたらこんな感じなのかな、なんて思うと、心が弾んだ。

一通りの買い物を終え、店の前で所在なさ気に待つマルコさんの元へと戻った。

「終わったかよい」
「はい、お待たせしました」
「女の買い物は面倒くせぇよい」
「そんな事言ってるから、マルコ隊長はダメなんですよ」
「煩せぇ」

何だろう、何かこの二人…

「仲いいですね」

「「は?」」

二人同時の突っ込みに、堪え切れず笑いが漏れる。

「あーこいつもおれも長いからな。オヤジの為にって意味じゃ、同志だからよい」
「マルコ隊長には敵いませんけどね。でも、最近の若い家族には負けない自信は有るわね」

「隊長」「ナース長」って呼び合うのは、お互いを認めてるからなのか。
誇らし気な二人の表情が、眩しかった。

モビーの人たちは、本当にオヤジさんを大切にしてる。
海賊船に居る事を私が忘れそうになるのは、きっとオヤジさんの心が、それを慕う家族の心が温かいから。

「さ、戻りましょう」

気持ちが違うだけで、行きとは全然違う景色。

ここが何処でも、私は変わらない。
新しい場所は、やっぱりワクワクする。


その時だった―

「不死鳥マルコが、女のお守りか?」

下衆な笑い声と共に進路を塞ぐ、明らかに堅気じゃない男共。

「ちっ、面倒くせえよい」

不死鳥…マルコ!?
マルコさんの事だったんだ!

「ナース長、リリィは頼んだよい」
「ええ。リリィ、こっちよ」

エリンは素早く私の手を掴むと、踵を返して駆け出した。
石畳の道に、カツカツとヒールの音が響き渡る。

街に戻ってるみたいだった。
…そうか、人目が多い方に向かってるんだ。

「マルコ隊長なら、心配ないからー」
「そうだなぁ、自分の心配した方がいいよなぁ、白ひげのお嬢さん達?」

地の利は当然、あっちに有った。
何処から回り込んだのか、目の前に立ちはだかる一人の男。

女二人だからって油断してるのか、ニタニタ笑いながらエリンに向かって腕を伸ばす。

「…隙だらけ」
「え?」

身体が、無意識に動いていた。


prev / index / next

[ back to main / back to top ]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -