Truth | ナノ

  57.再生の朝




夢を見ていた

過ぎ去って行く青い海原を
流れる雲を
船の上からただ眺めているだけの夢を


見憶えの有る船体
ピカピカに磨かれた甲板



「リリィ!そろそろ船内に入れよー」
「はーい!」


大きくて重いドアを開け、一人船内へ


ここはモビー
大好きなひとが居る、大好きな船











夜明け前の海風が、柔らかく頬を撫でる。

レッドフォースで迎えた朝も勿論気持ちが良かったけれど、モビーはやっぱり私にとって特別な場所だと、改めて実感して擽ったい。



「あれ?おはようイゾウさん」
「おはようじゃねェよ…」

眠さMAX…つまり不機嫌さ全開のイゾウさんが背後に仁王立ち。
髪も結わず黒紅色の浴衣姿のイゾウさんに、若い隊員さんたちが二度見三度見をする様子が可笑しくて笑ったら、それはもう盛大にため息を吐かれた。

「何で居ねェんだ」
「夢見て目が覚めちゃったから。一瞬目を開けたから、部屋出たの気付いてると思ったのに」
「……あァ…」
「もしかして…寝ぼけて忘れてた?」

図星だった様で、今度は小さなため息を吐いて私の隣に腰を下ろした。
白ひげ海賊団の隊長で在るイゾウさんの、この無防備さは私にだけ向けられていると思うと嬉しくて、緩んだ頬を抱えた膝に乗せて隠す。

「大丈夫。私もう、何処にも行かないよ?」
「昨日もそう断言してたな」
「うん。はっきりとした根拠が有る訳じゃないけど、確信してる。だって私、ここに帰って来れたから」

昨日は記憶の事は殆ど話していない。
モビーに戻り、オヤジさんとみんなに挨拶をして、後はずっとイゾウさんと一緒に居た。

「リリィ…何か変わったか?」
「ううん、同じだよ?でも…余計なモノを捨てたから、それでかなあ?」

常に何処かに掛かっていた靄は全て晴れ、目が覚めた時には心も身体も驚く程軽かった。

「色々と思い出して…分かった事も、そうじゃない事も有るんだけど…」

返事は無く、代わりに煙管に火を入れたのは話せと云う事なんだろう。

朝の空気をゆっくり吸い込んで満たした心と身体で、前を向く。
まだまだ不鮮明な部分は多いけれど、話さなきゃいけない事も有る。


「イゾウさん、私ね…婚約者が居たみたい」

思い出しても未だに実感がない。だから口調は内容に反比例して軽くなる。
それでもイゾウさんの方は見られず、少しずつ色を変える水平線を見ながらひとつひとつ、言葉を選ぶ。

「職場の上官だった人に望まれたの…その人を好きだったのかは思い出せない。彼からしたら、私は単なる出世の道具というか飾りだったけど、生きて行ければ何でも同じだからそれでも構わないと思ってた。私には家族とか居なかったし。でも、それすらも彼にとっては道具でしかなかった」

危険な紛争地への赴任を何も言わずに受け入れてくれた彼。私の考えを生き方を、尊重してくれていると思っていたのに。
ある日私は聞いてしまう。彼の本音を。


―親が居ない?そんなの、僕の寛大さを際立たせる材料でしかない。

―テロに巻き込まれたら、それはそれで悲劇的な美談になる。彼女も二階級特進して、今度は女性初の将官か?どっちに転んでも悪くないな。


顔も名前も思い出せないのに耳から離れないその声を消したくて、ふるふると頭を振っていると、漸くイゾウさんが口を開いた。

「上官、か…リリィは軍人だったのか?」
「うん…そんな感じ。海軍のシステムや役目とは全然違うけど」

だから扱えた武器、知っていた血の臭い、戦場の空気…隊長に対する嫌悪――

「死んでもいいって思われてたなんて、笑っちゃう…。私、色々と抑圧してたみたい。今の自分からしたら考えられないくらい」

再び煙管に火を入れる音がして、紫煙がふわりと私の前を流れ風に散る。

「ここに来る直前、向こうでの最期は思い出せない。自分が今どういう扱いなのかも分からないけど、そんなのはどうでもいいかなって」

緩々とした態度とは裏腹な強い視線を感じて横を向くと、顔を覗かせ始めた太陽が緩く纏めただけの髪の影をイゾウさんに落とし始めていた。

部屋でしか見ない姿と、朝の光。
普段は見られないその組み合わせに見惚れそうになり、気付かれない様にそっと視線をずらす。
朝日を浴びた私の頬も、少しだけ熱い。

「…私の場所は、あっちには無いから。自分の居場所は自分で作る…ってよく言うでしょ?でもね、受け入れてくれる人が居てこその自分の居場所だと思ったの」

オヤジさんが家族にしてくれた。
マルコさんが役割を与えてくれた。
サッチもエースもハルタもエリンも…みんな私を受け入れてくれた。

そして、イゾウさんが隣りに居てくれる。

「モビーには、それが有る…って言ったら、みんなに怒られちゃうかな?」
「居場所がねェとか言ったら、今すぐ海に放り投げてる所だな」
「…よかった」

強くなる光を遮るように手を伸ばせば絡め取られた指を、強く握り返す。

「だから…これからもずっと、よろしくお願いします」
「……リリィ」
「…ん?」
「いや、なんでもねェ」

眩しそうに目を細めたイゾウさんが眩し過ぎて、静かに目を閉じた。
その瞬間、ふっと微かに触れた口唇に目を開けると、艶を帯びた表情のイゾウさんに動揺して徐に立ち上がる。

それでも指先は、繋がったままで。

「ここ、甲板……」

トクトクトクと、小さく早い脈が指先を震わせる。

「部屋ならいいのか?」
「今日くらいは…あ、やっぱりダメ!!」

うっかり流されそうになるも、慌てて否定して手を解く。
クツクツと聞こえた笑い声にからかわれたんだと気付いて睨んでも、愉しそうなイゾウさんを見れば長くは続かなかった。

「私このまま食堂に行くけど、イゾウさんはどうする?」
「まだ早ェだろ。寝なおす」

予想通りの答えをしたイゾウさんと連れ立って、船室の入口へと向かう。
…夢に出て来た扉は、そういえばこの扉だった。


「あ、そうだ…赤髪さんがね、私の名前知ってたの。どうしてだろう?」
「赤髪が…?アイツは喰えねェからな。あの時リリィは会ってねェよな?」
「うん。何で私を助けてくれたのかも、結局教えてくれなかったし…」
「後でオヤジに相談してみるか?」
「うん。じゃあ、また後でね。おやすみなさい」


キィと軽い音を立てて開いた扉をくぐり、イゾウさんと一旦別れた。



「サッチ、おはよう」

いつも通りの
そしてきっと、これからも続く
朝の始まり。

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