Truth | ナノ

  53.邂逅




大小様々な船舶の間を縫う様に駆け抜けるストライカー。
予想以上にこの海域には船が多い。あの短時間では、マルコが見つけられなかったのも止むを得ないと思えた。

しかし、少し前から一部の船の動きがおかしい。不自然に速度を上げ、まるで何かから逃げる様に風に逆らい走っている。

「なァエース、気付いてるか?」
「ああ…とびきりでっけえヤツが来てるな、おもしれえ」

感じる気配を捉え間違えていなければ、そう遠く無い場所に確実に大物が居る。この件に関わっているのか、ただの通りすがりなのかは不明だが…

「探してんのはリリィだからな、間違えんじゃねェぞ?」
「分かってるって!飛ばすぜ!」

明らかに高揚したエースに軽く釘をさし、リリィの気配だけを手繰ろうとイゾウは再び意識を集中させた。


風向きが少し、変わった――




* * *



「…い、たっ…」

ぐりぐりと硬いモノに頭を押し付けられる痛みで目を覚ませば、ここは…元の暗い部屋?

「起きてんじゃねぇか、驚かせやがって」
「危ねえ危ねえ、大事な商品に何か有ったら首が飛んじまう」

帰って…来た…?

確かに自分の部屋に居たし、あの人とも会話をしたし…あれ、過去の記憶だっけ?ここに居る以上、あっちの事は全部過去になるけど…
男たちの口調からすると、私はここで倒れていただけにも思える。

ああ、考えると頭がくらくらする…

でもさっきまでよりずっと、世界に現実感が有った。足蹴にされるなんて腹が立つけど、この痛みが私はここに居ると実感させてくれる。

「足…退けて下さい…」
「あ?」
「…傷だらけの白ひげの娘なんて、誰も興味無いですよ?」

ピクリと苛立つ気配がしてゆっくりと足が退けられ、ふわりと頭が軽くなる感覚。痛みも思考も、一斉にクリアになる。

「チッ…!プライドだけは一人前かよ」

オヤジさんに護られてる、と心から実感して感謝した。そう思えば心強く、この状況への不安なんて微塵も感じなくなった。まだ大丈夫。

「…そういう趣味の客に売り飛ばしてやる、覚悟しとくんだな」

物騒な捨て台詞を残して、男たちは部屋を出て行く。
バタンと乱暴な音を立てて扉が閉まり、部屋は再び暗闇に包まれた。


離れてたって、私にはちゃんとみんなが居る。薄っぺらで上っ面なんかじゃない、嘘と建前で塗り固めた笑顔なんて要らない。

「会えるまで頑張るね、イゾウさん」

言葉にすればそれは、明確な道標になる。


やっぱり私は、ここで生きてる。
生かされてる――





何かの気配に顔を向けると、閉まった筈の扉が音もなくゆっくりと開き光が差す。

「ん…?」

鍵もかけてないなんて…どうせ逃げ出せないと、高を括っているなら逃げ出してやろうか、なんて考えた矢先、ビリビリと空気が震えた。
扉も壁も、あちこちが軋んでミシミシと音を立てる。

「え…」

立っている事が、出来ない。
見えない壁に床に、四方から押し潰される感覚。意識を保つのもやっとの中、思い出す。
これと似たモノを、私は一度経験している。あの時とは比べ物にならない程に強烈で重くて…でも恐怖を感じないのはきっと、これが私に向けられたものじゃないから。

呻き声にドサリと鈍い音、人の声。
それと同時に軽くなる身体。遠退き掛けた意識は戻って来るも、頭はまだぐらぐらする。さっきからこんなのばかりで、頭の中は益々ぐちゃぐちゃになっていく。


今度は音を立てて開かれた扉から一気に部屋に差し込む逆光が、場違いに鮮やかな赤に染まったその人の輪郭を縁取った。

返り血に染まっているのかと反らし掛けた目線を戻せばすぐ、その名に思い至る。

「赤髪…さん…?」

返事は無く、代わりに風も無いのにひらり、とその人が纏う黒いマントが一度だけ揺れた。




オヤジさんと同じく四皇と呼ばれるその人に、直接会った事は無い。

新聞の切り抜きか何かで一度だけ、以前モビーに赤髪さんが来た後にイゾウさんに見せて貰った顔だった。
尤も記事は白黒で髪の色なんて分からなかったけれど、通り名に違わぬ鮮やかな赤い髪、間違いない。

でも何でここに…


「お、やっぱり居た。な、ベン。言った通りだろ?」
「お頭、だからってはしゃぎ過ぎだ」
「え、と…」
「やっと会えたな、怪我してねえか?」

歳の割に無邪気な顔で差し出されたその手は、思ったよりも随分と小さい。

「大丈夫です。あの、とりあえず…ありがとうございます…」

助かったとか、どうしてとか、この状況に相応しい言葉はいくらでも有るというのに。

「でもちょっと…一回、忘れていいですか…?」

次々と押し寄せる事態が整理しきれず、混乱し切った私の口から出たのは何故か、そんな言葉で。

「だーっはっは、やっぱり大物だな!面白え」

大爆笑する赤髪さんの横で、ベンさんと呼ばれた人が呆れ顔でタバコに火を点けていた。

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