Truth | ナノ

  52.ゆめはまたゆめ




「びっくりさせないで下さい」
「ごめんなさい…」

相も変わらず私の世界は真っ暗で。
喋ってるのは確かに“私”なのに、俯瞰で世界を眺めてる様な不思議な感覚だった。

「倒れるほど忙しかったなら言ってくれれば調整したのに」
「そんな事は無いけど…」
「任務に支障が出る様なら、」
「いえ、予定通りで大丈夫です」

電気自動車特有の静かなエンジン音に、丁寧に踏まれるブレーキの音。
向かう先は私たちの職場。官庁だらけのそのエリアは渋滞も少なく、車はスムーズに走る。

「今日はまた一つ、歴史に貴女の名前が刻まれる。僕にとっても誇らしい一日です」
「…ありがとう」

じくり、と滲んだ嫌な感情を、窓を少し開けて取り込んだ新鮮な空気に吐き出す。


街の空気はやっぱり息苦しい…

潮風の匂いが恋しいと、早くも思った。




それにしても…客観的に自分の声を聞き続けてると、まるで他人の声を聞いてる気分になってくる。
…客観的に……?

はた、と気付く。
こんなちぐはぐで違和感だらけなのに、気付かない方がおかしい。

“私”が喋ってるのを自分で聞いているし、見えてないのに動きだって分かる。そもそも今朝の出来事も今の会話も、初めてじゃない。過去に一度体験してる事だ…


この後職場に着いた私は正式に辞令を受け、また現場に戻る事になる。今回は自分が隊長として海外の紛争地へ。親を無くした子ども達のキャンプ警護と支援が主な任務。後方だから直接的な危険は少ないがそれでも紛争地、武器は携帯するし、テロや襲撃の危険は常に付きまとう。

結婚は決まっていたけれど、そこは同業者でなにより彼は私が今までに打ち立てて来た「女性初」と云う肩書に大きな魅力を感じる様な人間だ。自分の妻になる女が「女性初の海外派遣部隊長」と云う新たな肩書を得る事に反対をするとは思えない。それも含んで、自ら志願した海外赴任だった。私には心配する家族はいないし、国内勤務の閉塞感に辟易し始めていたから丁度良かったんだ。

捨て鉢なのではない。世の中に絶望感を抱くほど自分の人生に期待していないし、こんな私でも、がむしゃらにやって来た結果積み上がってしまった肩書きにだとしても、必要としてくれる人が居るなら、それでいいと思っていた。

それでも、隊長…彼もそれなりに私自身の事も気に掛けてくれている、少なくともそれ位の希望は抱いていた筈だ。

私の想像以上にあの人は打算的で、私は使い捨ての駒だったと知る、あの時まで、は……


一度気が付いてしまえば、後はもう数珠繋ぎにあれもこれもと記憶が溢れかえる。



(何、してたんだろ…私……)

これが私だなんて。
とてもじゃないけど受け入れ難い。だって私、こんなにつまらない顔をしてたっけ?

この私は…あの子に似ている。
何かを諦めた顔をしていた彼女に、きっと私は無意識に自分を重ねていたんだ。


…彼女は、イゾウさんに無事に会えたかな?
私はあっちに存在してるのかな…ここに居るなら、向こうには居ない…よね…

このまま時間が経って、みんな私の事なんて忘れてしまって…それより、私があっちに居た事自体が無かった事になっていたら…

「イゾウ、さん…」

嫌だ。
こんな暗闇しかない世界

「…リリィ?」

…イゾウさんの声…だ
帰らなきゃ。
イゾウさんの所に。みんなの居るモビーに。

私の世界に―――





* * *


「漁船も商船も数が多すぎて分からねえ、一隻ずつ順番に乗り込む訳にはいかねえし…」

真っ直ぐにモビーに降り立ったマルコからの報告に、イゾウは歯痒さを募らせる。

「時間になったらモビーは出すが…おれがもう一度見に行くよい」
「いや、俺がイゾウとストライカーで行く。マルコはここに居る方がいい、俺が残っても何もできねえからな」

エースの提案にマルコは目をぱちくりと大袈裟に瞬かせた。一言「よい」と応えイゾウの肩を叩くと、白ひげの元へと報告に向かった。

「済まねェ、エース」
「じっとしてんのも嫌なんだよな。それにイゾウなら、リリィの気配がどんなに小さくても分かんだろ?」
「あァ」

そこには揺るぎ無い自信を持っていた。
リリィがこの世界から居なくなったとは、イゾウは感じていなかった。確かにこの世界にリリィの気配は在る、彼女への道は途切れていない。

「あ、やべ。リリィ見つけても三人は乗れねえから…」
「…気にすんな。リリィが無事見つかりゃ、後はどうにでも出来る」
「わりい!」

珍しくしっかりとしていると思えた末弟の“らしさ”に、イゾウはくっと喉で笑った。
家族を誰よりも大切にする末っ子の明るさが、今は思いの外心強く頼もしい。


「…リリィ?」
「ん?何か言ったか?」
「いや、リリィに呼ばれた気がしたんだが…」
「呼んでんだろ!早く迎えに行こうぜ!」

出港を間近に控えたモビーから、高速で離れて行くストライカー。当ても無いはずなのに真っ直ぐに、大海原に向かって飛び出して行った。

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