51.運命と悲しすぎる予感
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あ……明るい
それに揺れも無いし波音も聞こえないし、床も柔らかい…
……そうか、もう朝なんだ…
小さく聞こえる電子音の元を探して布団の中をまさぐる。また携帯を弄りながら寝てしまったらしい。おかげでここの所毎朝、探し物から一日が始まる。
年齢の割には狭い部屋だと言われるけれど独り暮しには十分な私のアパート。
カーテンを一つ開ければ部屋の隅まで陽が届く。今日もいい天気だ。
トーストとコーヒーだけの朝食を片手に、新聞にざっと目を通す。
世界情勢は変わらず、この様子なら今日の仕事に大きな動きはないだろう。壁にかけてある制服が目に入り、小さくため息を吐く。
通勤は私服なのに、昨日は色々有って着用したまま退勤したのだった。生きる為に自分で選んだ職業でも、家に制服が有るとどうにも気が休まらない。それに私は、デスクワークより現場に出てる方が性に合っている。
さっと身支度を整え、通勤時だけ許可されているアクセサリーを最後に着ける。いつも決まって、同じピアス。両親の形見だと聞いているけれど、私にその記憶は無かった。
ニュースだかワイドショーだかよく分からない番組の占いコーナーが始まってすぐ、きっかりいつもと同じ時間にインターホンが鳴った。出なくても相手は分かる。
10位まで終わったところでリモコンを手に取った。私の星座はまだ出ていない。
このまま椅子と一体化しそうな程に重くなった腰を上げ、鞄と制服を手に玄関へ。
ドアを開けたら、きっといつもと寸分違わぬ笑顔のあの人が立っているんだろう。気遣いは有難いけれど、たまにはまた電車で通勤がしたいと後で話してみよう。
「いってきます」
応える人の居ない部屋に挨拶。
家族の居ない生活が長い私にとっては、特に違和感のない習慣だ。
いつもと変わらない朝。
でもそれもあと少しで終わる。私は結婚する。上司に望まれて。
断る理由は持ち合せて無かったし、最後に決めたのは自分だ。きっと世間ではこれを玉の輿とか大金星と言うんだろう。私はそこには興味が無いし、あっちは私をただの飾りとしか見ていないと云うのに。口には出さないが彼の出世欲からすれば、そう思っているのは明白だった。
それでも今の立場を築いたのは私だし、飾りにすらなれないよりはマシだ、と思えば幾分気が休まった。
久しぶりに旅がしたい…。
行った事のない場所に、何のしがらみもない場所に、見た事の無いものがたくさん有る場所に。
ドアノブを握り、最後に大きくため息。
これもいつも通りだ。
いつも、通り…?いつもと変わらない…?
違う、私の朝はサッチのコーヒーで、マルコさんと新聞を読んで、そうしてるうちにみんなが起きて来て…。朝が終わる頃にイゾウさんを起こしに行けば寝起きの掠れた声にドキドキして、まだ温かい身体に抱きしめられて幸せで……
「イゾウ、さん…」
声に出したのとドアを開けたのは、どちらが先だったのか…
目の前に立っていた人物の顔を見る間もなく、全身の血が足元に落ちる感覚と共に、ぷっつりと映像が途切れた。
「……、どうしました?大丈夫ですか?」
声だけが、鮮明に聞こえる。
でも呼ばれる名前は、私を呼ぶ声は…違う、それじゃないの――
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