Truth | ナノ

  50.キミガイルセカイ




途方に暮れる、と云う言葉はきっとこういう時に使うんだろう。
でも私の辞書に今、その言葉は見つからない。


(さて…どうしよう…)

ここに来るまで目隠しをされていたから正確には分からないけれど、途中で船を乗り換えた。最初の船より揺れが少ないから、きっとこれは大きな船。

(大丈夫、まだ冷静だ私…)

ここ数日、沢山の時間をイゾウさんと二人で過ごして、めいっぱい充電した。だから大丈夫、まだまだ心も体も元気だ。こんな事で、私は折れないんだから。

イゾウさん…サッチ、マルコさん、エース、ハルタ、オヤジさん…目を瞑れば、次々と顔が浮かぶ。
私が加えてもらってからの短い間にも、白ひげ海賊団の家族の絆の強さを実感する事は多々有った。家族になって日の浅い私でも、きっと易々と見捨てたりはされないんだろう。もしかしなくても、派手に迷惑をかけてしまって……そこまで考えて、思い切ってその考えを打ち捨てた。
私なら迷惑だなんて思わないし「迷惑をかけてごめん」なんて言ったら、イゾウさんに鼻で笑われてしまう。それから思いっきり怒られるんだろうけど。
図々しくたって思い違いだって構わない。とにかく今は、イゾウさんの、みんなの所に帰る事だけを考える。

イゾウさんと離れたまま、気付けば違う世界に居た…なんて事は、絶対に嫌だから。
帰ったら「ただいま」を言って、それから「ごめんなさい」って言うんだ。

「笑って前だけ見てれば、行きたい場所に行ける」イゾウさんに言われた言葉を、しっかりと心に刻み直した。



扉の開閉する音が遠くで聞こえた。
次第に近くなる足音。

間も無く開かれるであろう目の前の扉を、真っ直ぐに見据える。



差し込んだ光で、目が眩んで

世界が、暗転した――。





* * *



積荷もほぼ終わり、後はログが貯まるのを待つばかり――
出航前夜のモビーディック号は、普段通りの賑やかさと活気に満ちている。

しかし裏では若干険しい表情の隊長たちが、イゾウとリリィの帰りを待ちつつ対応策を話し合っていた。


「マルコ…やべえぞ。結構前に小さな漁船が一隻出てったらしい」

慌てて戻って来たエースの報告に、マルコの眉間に刻まれた皺が一層深くなる。
探しに出ている他の家族から、リリィを見つけたという報告はまだ無かった。

「リリィが乗ってた確証はねえが、確認した方がいいな」
「じゃあ俺がストライカーで…」
「いや、おれが行くよい」

言い終わるや否や飛び立ったマルコと入れ替えで戻って来たイゾウは一人で、リリィと一緒に帰って来るかもしれないという僅かな期待は打ち砕かれた。

「イゾウ…リリィは?」
「ダメだ、痕跡も気配もねェ…」

チラリと見上げた空にマルコの姿を視認したイゾウは、それで現状を理解したのだろう、ぎりっと唇を噛みしめ目を閉じると、暫く何事かを深慮していた。
自分たちもリリィの事は心配だが、イゾウの心配はその比では無いだろう―そう思えば気安く声をかけられる者など居らず、状況の把握が出来ていない今はただ、マルコの帰りを待ちつつその様子を見守るしか出来なかった。

「あの、私…」

その時、甲板の隅の木箱に腰掛け遠巻きに様子を見ていた少女が遠慮がちに声を発した。途端にふっ、と場の空気が緩む。
流石に海賊船では落ち着かないのか、不安げに視線を彷徨わせ何かを言おうとする彼女に、表面上は平静を取り戻したイゾウが先に声を掛けた。

「どうする?お前さんが戻っても、表立ってどうこうされる事はねェと思うが…」
「心配なら、モビーに泊まってってもいいぜ?」
「あ…いえ」

ニカっと笑うエースの場違いな雰囲気に若干面喰いつつ、すとんと木箱から飛び降りた彼女は街の灯りの一点で視線を止め、少しだけ寂しげに目を伏せた。

「今日は家には帰りたくないので…出来れば、あのお店に」
「それなら送ってやる。行くぞ」
「え…?でもリリィさんは…」
「こいつらも居るからここは大丈夫だ。それに、街で少しやりてェ事もある」

そう言い返答を待たずに歩き出したイゾウの後を、慌てて追おうとした少女が視線を感じ振り返ると…手を振るエースの姿が目に入った。相変わらずな不相応さに戸惑いつつも、ぺこり、と頭を下げれば「またな」と云う応え。

不思議とそれらの態度に、リリィを心配していない、と云う空気は感じなかった。
この人たちが居るから、リリィさんはあの時迷わず独りで行けたんだ―「イゾウさんに伝えてくれれば大丈夫」そう言い切って走り出したリリィの後姿が、目の前を歩くイゾウの後姿と重なる。


心を預けられる人、大切な人と共にいる事…それは、やすやすと手放してはいけないモノなのかもしれない。
リリィが戻ったらさっきは言えなかった話が出来る様に、自分も出来るだけの事はやってみよう…そう決意した彼女の表情は、これまでに見た事が無いくらいに強く真っ直ぐだった。

20140603 タイトル改訂

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