Truth | ナノ

  49.その先にあるもの




息を切らせた少女が港に着いたのは、ほぼその頃。

この状況だが、それでも勝手に海賊船に乗り込む事には尻込みした。付近を闊歩する海賊らしき男は沢山居るが、誰が白ひげのクルーなのか分からない。(白ひげの誇りを掲げた人に話し掛ければ良かった、と気付いたのは後になってからだ。)
白鯨から降りて来た男に思い切って声を掛け、隊長に会いたいと伝えた。しかしミーハーか、はたまたその道の女性と勘違いされたのか、「隊長より俺とどう?」等としつこく誘いを受けてしまう。
時間ばかりが無駄に過ぎ、募る一方の焦り。
月明かりに照らされる白鯨を見上げると……こちらに向かって歩いて来た数名の男の中に、目的の人物の姿を見つけた。

「あ……!」

こちらに気付いた目的の…イゾウは、彼女の隣にリリィが居ない事を訝しみ、表情こそ変えないが足早にタラップを降りて来る。その後ろには、オレンジの帽子を被ったそばかすの若い男。

「…どうした?何で一人で居る?」

月を背に問いかけるイゾウの声は、今まで聞いていたモノとは違い静かで深い。
少女は思わず姿勢を正し、口を開く。

「リリィさんが…」
「リリィがどうした?」
「えと、……」

はたり、と少女の動きが止まった。何処からどう話せば良いのか…イゾウと会う事に必死で、そこまで考えていなかったのだ。

「落ち着け、ゆっくりで構わねェよ」
「はい。リリィさん今、逃げてて…足が早かったから、まだ捕まって無い…と思うんですけど…」

その言葉にイゾウの雰囲気は明らかに一変し、「エース」と後ろでだらりと腰をかがめていた若い男を呼んで自分は歩き出した。それだけで何事かを諒解したのか、立ち上がったエースが徐に少女に自身の帽子を被せて抱え上げる。

「え…!?」
「そう云う事なら歩きながら話す…何がどうなって誰から逃げてる?」

小走りで街へ向かいながら、イゾウが話の続きを促す。
確かに話し終わってから動くよりこの方が効率がいい。抱えられるのは恥ずかしいが、そんな事を言っている場合ではないし、話しながら走る体力もない。どうやら帽子を被せ自分の事は一応隠してくれているらしい…そう気付けばとにかく早く話を進めねば…と意を決し、再び口を開く。

「私の…あの、婚約者の家の部下だと思います。話の途中でリリィさんの具合が悪くなったのでお水を取りに部屋を出たら、私聞いちゃったんです。“人買い”とか“奴隷商人”とか…そういう話をしてるのを」

ピクリ、とイゾウとエースの表情が動き、それと共に、走る速度が僅かに上がる。

「あ、その先左です。それで…私がその話を聞いて無い事にする代わりにリリィさんを…みたいな話の流れになって二人で逃げ出して…。途中でイゾウさんを呼ぶように言われて、そこからは別々に…」

そこから先のリリィの行動は分からない。
リリィと別れてどのくらい経ったのだろう?さほど過ぎてはいないと思うが、イゾウに会うまでに港で無駄に過ごしてしまった時間も、今となっては惜しくて仕方が無い。

「なあ…リリィは、それ知ってんのか?」
「それ?」
「その話の内容、知ってて逃げてんのか?」

エースの質問に、彼女ははっとして小さく首を振る。その意味に気付き、テンガロンから覗く唇を小さく噛み締めた。

「全部は知りません…。ずっと走ってたから、そこまで話せなくて…。でもきっと察しているかと…」
「まずいな…エース、彼女を連れて一旦モビーに戻んな。人数増やして急いでリリィを探せ。それと島を離れた船がねェか確認しな」
「分かった、まかせろ。全力で走るから、しっかり掴まってろよな」

言うや否や、エースは踵を返し走り出す。
それを見送る事無くイゾウは、宵闇に包まれた街に残る筈のリリィの痕跡を探しに行く。


去り際のエースから聞こえた「心配すんな、リリィは大丈夫だ」と云う言葉を、イゾウは無意識に頭の中で反覆していた。




* * *


―彼女は無事イゾウに会えただろうか?

イゾウが来てくれるまでの時間は稼ぎたかったが、“ハッタリ”が功を奏したのか幸い手荒に扱われる事も無かったので、リリィも抵抗はしなかった。
裏で何が蠢いていようが、今の所ここは白ひげに庇護された島だ。少なくとも表立って事を荒立てる事はしないだろう――リリィはそう読んでいたのだが…


(ここまでの展開は予想外だった、かも…)


彼女が聞いたという話の詳細は分からないが、その後の会話と男の目つきから、女性をそんな方向で扱う話なんだろうとリリィは察した。
それならば、“白ひげの船の女”――そんな付加価値を付けた方が、危害を加えられる可能性は薄くなる…咄嗟にそう考えた。

そこまでは間違っていなかった、のに…


ようやく暗闇に慣れた目で周囲を見回すが、壁と扉以外何も見え無い。
ギシギシと木材の軋む音と波の音が、状況がリリィの想定のはるか斜め上にある事を告げていた。

prev / index / next

[ back to main / back to top ]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -