Truth | ナノ

  04.ココニイルコト




どこまでも付いて来ようとする隊長さん達をマルコさんが蹴散らし、連れて行かれたのは医務室だった。

「マルコさん、何で皆さんこんなに綺麗なんですか…」

ずらりと並んだナースさんたちは、それはもうモデルさんと見紛うばかりに綺麗な人だらけで、しかも色気が半端無い。

「そうかい?」
「…慣れって怖い、ですね」
「おれの好みじゃないだけだよい」

なんて贅沢な…!
まさかこのお姉さんたちがこの世界では標準とかだったりするの?

「モビーの女クルーはこいつらだけだからよ。ナース長、宜しく頼むよい」
「任せて下さい、マルコ隊長。宜しくねリリィさん」
「あ、はい。初めまして」

もだもだと下らない事を考えていたら破壊力抜群の笑顔を向けられて、思わず姿勢を正す。

簡単な問診と診察を受けた後、ナースさん達の部屋でアレコレと身の廻りの物を分けて貰った。

「暫くはこれで我慢してね。次の島で色々と買い揃えましょう」

取り敢えずと言うには十分過ぎる位の荷物と綺麗なナースさん達に囲まれ、自分の状況も忘れてのんびりと雑談をしていたら、ひょいっとマルコさんが戻って来た。

「終わったかよい?」
「えぇ、当分は大丈夫ですよ」
「んじゃ、行くぞいリリィ」
「はい。皆さん、ありがとうございました」
「またいつでも遊びに来てね」

見た目の派手さとは裏腹に、開けっぴろげで気さくだったナースさん達に笑顔で見送られる。

良いって言ったのにマルコさんは殆どの荷物を持ってくれて、申し訳ないと思いつつも素直にその厚意に甘えた。

「部屋を用意したからよい」
「部屋?」
「何処で寝るつもりだ?」
「あ、そうですよね」
「今日もイゾウの寝込み襲うつもりなら、止めねぇけどよい」
「なっ…!?」

マルコさんは冗談めかして言うけれど、何度思い返してもあの時の自分の冷静さが信じられない。
現実が先を行き過ぎて付いていけなかった頭のお陰とは云え、怖くなかった筈は無いんだから。

「此処しか空いてねぇんだ。ま、在る意味一番安全だからよい」

そこは、イゾウさんの部屋の隣だった。

マルコさんが変な事言った所為で、扉の前を通りながら何と無く意識してしまう。
そう云えばあれからイゾウさんを見ないけど、どうしたんだろう?

「バタバタさせて悪いけどよ、皆が待ってるから行くよい」
「待ってる?」
「宴だよい。オヤジも待ってんだ」

宴?
そう云えばさっき誰かがそんな事を言っていたっけ。


マルコさんの後をついて、茜色の空が見える扉をくぐるとそこは―

「凄い…!」

船とは思えない程、広くて大きな甲板。
そしてそこに集まる、沢山の人たち。

中央の椅子に座るオヤジさんの周りには、さっき会った隊長さん達が揃って座っていた。
その中にイゾウさんの姿を見つけて、少しほっとする。

「リリィ来た来た、こっち来いよー!」
「馬鹿エース、オヤジが先だろ」
「オヤジ、待たせたねい」

沢山の人たちの視線を感じながら、オヤジさんの元へと向かう。

「グララララ。リリィどうだ?不自由はねェか?」
「はい、皆さんにとても良くして貰ってます」

突然現れて得体の知れない筈の私に、隊長さん達もナースさん達も本当に良くしてくれている。
素直にそう告げると、ニヤリと満足そうに笑ったオヤジさんは、ひょいっと私を持ち上げ膝の上へ乗せると、なみなみとお酒の注がれた大きな盃を掲げて叫んだ。

「おめぇら、新しい家族のリリィだ!大事な娘だからな、泣かせたりしたら承知しねェぞ!」

割れるような歓声と共に、あちこちから一斉に乾杯の声が聞こえた。

「オヤジさん…!」
「なんだ、リリィ。おれの娘じゃぁ不満か?」
「そんな事無いです…!ありがとうございます!」
「グラララララ!素直でいい子じゃねェか!」

オヤジさんの膝の上から見る船は本当に大きかった。
その大きな甲板を埋める沢山の"家族"の数がオヤジさんの偉大さを証明しているんだろう。
イゾウさんが誇らしげに話していたその家族に、私も加えて貰えた事が心から嬉しかった。

「リリィ」
「はい?」
「無理に思い出そうとすんじゃねェ。ここに居る限り、何が有ろうとおれが安心して過ごさせてやる」

私だけに聞こえる位の声でそう言ったオヤジさんは、口元だけでニッと笑うと、隊長さん達の輪の中へ私を降ろした。






* * *

まだ日の出には程遠い、静かな夜の海。
キラキラと輝く、こんなに沢山の星を見たのはいつ以来だろう。



散らばった空き瓶を集めながらゆっくりと甲板を歩くと、その広さに改めて驚く。

"世界一"だという白ひげ海賊団。

まだこの船の上しか世界を知らないから、それがどの位の物なのか実感は無いけれど、きっと凄い場所へ来てしまったんだろう。
オヤジさんを始め、隊長さん達もナースさんも、隊員のみんなもこんな私を温かく受け入れてくれて。
今ここに居られると云う事は、きっと幸運なんだと思う。

「そんなモン、明日誰かにやらせりゃいい」
「あ、イゾウさん。起きてたんですか?」
「誰かさんのおかげで早起きする羽目になったからな、昼寝した所為で眠れねェ」
「う…ごめんなさい」

宴までイゾウさんを見かけなかったのは、お昼寝してたからなのか。
確かにあんな朝早く起こしちゃって、悪い事したな…

「冗談だ、本気にすんな」
「む・・・」

思わず睨んでやったら、クツクツと声を上げてイゾウさんが笑う。

「一応男所帯だからな、余り夜中に一人でふらふらすんじゃねェぞ?」
「あ、はい…。気をつけます」

これは…心配してくれたって事、なのかな…?

じわり、と心の奥が微かに熱を帯びる。

以前の事はよく覚えていないけれど、こんな感覚は久し振りの様な気がして、思わずイゾウさんから目を反らす。

「部屋まで送ってやる、行くぞ」

そう言って眠る隊員さん達の間をスタスタと歩いて行くイゾウさんの後を、慌てて付いて行く。
まるで今朝の繰り返しみたいで、ちょっと可笑しかった。


先程迄の喧騒が嘘みたいに静まり返る、隊長室の並ぶ廊下。
イゾウさんの部屋のひとつ先、私の部屋の前までイゾウさんは付いて来てくれた。

「ここで間違いは起きねェと思うが、鍵は忘れんなよ?」
「はい。あの、イゾウさん」
「何だ?」
「今日はありがとうございました」

ぺこり、と下げた頭を上げるとイゾウさんは既に後ろを向いていた。

「もう家族なんだ、気にすんな。おやすみ、リリィ」

こちらを振り返らないまま、そう言って手だけを上げてイゾウさんは静かに部屋へと入って行った。

「おやすみなさい、イゾウさん」


ゆっくり考える暇も無いくらい目まぐるしかった一日が、終わろうとしていた。


やっと一人になれた部屋で、今の自分の状況を整理しようとしてたのに。
アルコールも入って疲れた身体はそれを許してくれなくて、私はすぐに深い深い眠りに落ちた。


何が起きているのか、まだよく判らないけれど
どうか目覚めても、またここに居ますように

それを強く願った事だけは、覚えている。

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