Truth | ナノ

  42.言葉がなくとも




「興味ねェな」
「へ?」

間抜けな声に呼応して、フォークに刺したレタスがポロリとお皿の上に落ちる。
目の前で淡々と食事をするイゾウさんの手にもフォーク。
さすがにもう見慣れたけど。

「飛び抜けて価値の有るモンは憶えてるが、他は産地が何処だとかは気にした事ねェな。換金しちまえば一緒だからな」
「あー、なるほど…」

確かにと納得していれば、スッと伸びて来た手がわたしのお皿のレタスとトマトを器用に刺し、そのままに口元に差し向けられる。
自然なその流れに、なんの抵抗も無く素直に口を開けてしまう。

「…ありがと」

もぐもぐ、と咀嚼して飲み込んだ途端、もこもこと湧き上がる羞恥心。
しれっとしたイゾウさんとの温度差が、それを一層濃くさせる。

恥ずかしいなもう!

「そう云うのは女の方が詳しいんじゃねェか?」
「あ、そうかも?後でエリンに聞いてみようかな」


あれからしっかりと二度寝をした所為で、太陽はもう頂上近い。
遅い朝食と食後のコーヒーで、頭と身体がようやく目を覚ます。

「そろそろ行くか?」
「え、イゾウさんも?」
「一人で行きてェなら邪魔はしねェけどな」

ゆっくりと立ち上がるイゾウさんの方へ駆け寄ると、歩きながら差し出された手をそっと掴む。
距離感とか温度とか、しっくり収まる自分の位置が少しずつ出来ている感じに、ふふっと頬が緩んだ。





昼間の街は夕べとは違う顔をしていた。

市も立ち、人も多く、裏道でも明るい。
昼間なんだから当たり前なんだけど、そう云う事では無く……

「ねぇ、イゾウさん…」
「どうした?」
「なんだろう、何か…上手く言えないんだけど、変な感じがする」

そう言うと、イゾウさんの空気がピンと張り詰めた気がした。
そこまで大袈裟なモノじゃ無いと思い、慌てて否定する。

「あ、気の所為だと思うよ?」
「そう云う感覚は馬鹿に出来ねェからな、無下にしない方がいい」
「うん…」
「心配はいらねェよ、何の為に一緒に来たと思ってんだ」
「イゾウさん…」

少し離れかけた手をぐいっと引かれ、ぎゅっと握り返せばすぐさま安心感に包まれる。



話しながら歩くうち、教えて貰った図書館にはすぐに着いた。

「モビーの書庫も大きいけど、やっぱり陸上のは凄いや…」

入口でイゾウさんと別れ、昂ぶる気持ちを抑えつつ一人館内を回り、目当ての本を何冊か選び取る。

ひと気の少ない館内をぐるりと見回すと、窓辺の書架に寄り掛かりパラパラとページを手繰るイゾウさんに目を奪われた。
薄く引かれたカーテンから零れる光が、少し俯いた所為で伏し目がちな目元をくっきりと魅せて、思わず見惚れてしまう。

まずい、見惚れてるのがバレる…
そう思った時には既に遅く、視線がゆっくりと本から私へと動く。
バツの悪い顔をする私をちょいちょいと指で招くイゾウさんに近付くと、その手の中の本で再び目が止まった。

「綺麗な和綴じ本…。イゾウさん読めるんだ」
「まァな。リリィは読めねェのか?」
「うーん…古いのは余り。そこまで毛筆で崩されちゃうと、ちょっと自信無い」
「…なァ、リリィ」
「はい?」
「文字は読めるんだよな?」
「え?」
「いや、読んでるんだからこの質問はおかしいか」

意図の読めない質問に、本を抱える腕にぎゅっと力が入る。

「…どういう事?」
「リリィの国の言葉は“コレ”と似てるって言ってたな?」

手にしていた本をトントンと指し示すイゾウさんに、コクリと小さく頷く。

「でもさほど不自由無く、此処では本も新聞も読んでるだろう?」
「あ、うん…元々英語は…あ、今喋ってる言葉の私の居た世界での言い方ね。英語は母国語じゃないけど、有る程度出来るの。比較的何処でも通じる言語だったから、旅してて便利だったし。それがどうかしたの?」
「いや、リリィが今ここに居る事に比べたら、今更小せェ事なのかもしれねェが…“言葉”とか“文字”ってのは、そこで生きてくのに重要なファクターだよな?」

言われてぞわり、と背中が粟立つ。
館内は空調が整えられて快適な筈なのに、急に私の周りだけ温度が下がった様だった。

「そうだよね…何で私、今まで考えなかったんだろう?」
「俺たちもそこに違和感は感じなかったしな。最初にリリィが疑念を抱く余裕も無く、自然に言葉をスイッチしたからだろうな。危ねェ所だったな」
「ん?何が??」
「最初に通じて無かったら、リリィは今ここに居ねェよ」
「うわぁ……」

久しぶりに脳裏に蘇る“最初の夜”
言葉は武器にも防具にもなる。
通じない事は、場合によっては大きな危険をもたらす。
あの時は必死で何も意識してなかったけれど、確かにギリギリの状況だったんだよね…でも……

「でも、イゾウさんなら…」
「ん?」
「イゾウさんなら、もし言葉が通じなくても分かってくれた気がする」

根拠は無い。
それでも今なら確信出来る。

「相変わらず、すげェ自信だなァ」
「イゾウさんだって、そう思うからその表情なんでしょ?」

なんだか笑いを含んで私を見るその表情が、おかしくて愛しくて、ここが図書館じゃなければ声を出して笑っていただろう。

「…出るか」
「うん」

同じ気持ちだったらしいイゾウさんを見上げたら、ぺしっとおでこを小突かれた。


ほら、ね。やっぱり通じる。




島民以外にも貸し出しが出来ると云うので、手続きをして図書館を後にした。

夕闇が近い所為か、さっき感じた違和感はもう感じなかった。


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