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  41.スプートニク




何が私を突き動かすんだろう。
逸る気持ちを抑えながら階段を駆け下りる。


最後の踊場を曲がる間際、一度足を止めてゆっくり息を吐き呼吸を整えた。
よし、行こう。


「あ…」

ロビーのソファにその姿を見つけ、意気込んで踏み出した足を慌てて止める。

「ごめんなさい、こんな時間に呼び止めて」

急ブレーキをかけた私に驚きつつもふるふると首を振って立ち上がり、ソファの端に避けながら再び腰を下ろしたその子の隣に私もゆっくりと腰を下ろした。

「私も話したいなって思ってたの」

ニコリと微笑むその表情は、さっき別れ際に見た時より更にスッキリして見えるのに、何故かそこに晴れやかさを感じない。

「あ、ここで大丈夫なのかな?」
「大丈夫、私ここで働いてるから。だから気にしないで」
「うわ、すごい偶然」

それでも「ようこそお客様」と戯ける様子に、当初の印象とは違い本来は明るい子なんだろうと思う。

「一緒にいた人は恋人…?」

ストレートなその問いに、思わず視線を階上のイゾウさんの方へやってしまう。何階も突き抜けるほど強い眼力でもないし、肝心のイゾウさんは夢の中、なのに。

「あー…うん、そう言われると何か照れるけど…」

口ごもる私に、クスクスと笑う口元に伸ばした指に嵌められた指輪の石が光った。
控えめなのにとても品の良い輝きが、今の彼女の雰囲気にピッタリだった。

「笑ってごめんなさい、海賊なのに可愛いなぁって思って」
「あ…」

そうか、傍から見れば私も海賊なんだ…

「白ひげの人と一緒に居るけど、私は海賊じゃないの。ちょっと理由あって居候させて貰ってると言うか、行く場所が他に無いと言うか…」
「でも好きな人と一緒に居られるのね。羨ましいな…」

それをきっかけにじわじわと、堰を切ったように話をした。
旅の恥は何とかじゃないけれど、今しか会わない人だと思えば話せる時も内容も有る。
多分お互いに、誰にでもいいから外の人に話をしたい気持ちだったのだと思う。

彼女が聞かせてくれたのは、親が家業の為にと島の有力者の息子との婚約を勝手に決めたと云う話だった。家業はそれなりに大きく歴史も有るが、近年急に力をつけたその家に押され気味で…謂わば人身御供で政略結婚だ。
更に彼女には長い付き合いの恋人が―・・・と云うんだから、まるでベタな昼のドラマみたいな話。
まぁ私の記憶が欠けてるって話だって、向こうからしたら同じ様に聞こえるのだろう。(違う世界から来たのかもしれない、と言う部分はどう伝えたら良いか分からず、ぼかしたけれど…)

そして確かにイゾウさんの言う様に島の事情に関わっていて、外野が口を挟む事じゃないと思う。
でも島の事としてじゃなくて、この子の話としてなら…いいよね?


「―じゃあ、また後で」
「うん。…そうだ、リリィさんのピアスなんだけど」
「うん?」

突然のその話題に、思わず髪を避けて耳を覗かせる。

「デザインと付いてる石のカット、少し特徴有るでしょう?何処かで見た事が有るの。本か実物かは覚えて無いけど…」
「え…?」
「私好きで一時期勉強してたのに…うーん…不確かな話でごめんね。でも記憶を戻す手伝いになればと思って」
「ううん、ありがとう」

イゾウさんの部屋で気付いた時からずっと、付けたままのピアス。
いつどうやって手に入れたのかは覚えていない。だからきっと、元の世界で「誰か」に貰ったのだろう…と思っていたのだけど……。

それを知らない彼女が、この世界の物だと思うのは当然だ。
尤も宝石なんてどれも似た様な物だし、プロでも無ければその違いなんて分からないだろう。

でも、モビーに居る時には誰も似ている可能性にすら気付かなかった。
どう云う事か分からないけど、どうせ手詰まりなんだから、考えたって考えなくたって同じ事だ。

「図書館に行けば、資料が有ると思う」


自分が動けば世界も動く。
ちゃんと自分の力でだって回せるんだ。








そっと扉を開け、まだ夢現なイゾウさんの枕元に両肘を付く。
両手で顔を支えながら、多分目を覚ましているであろうイゾウさんを覗き込んだ。

「…どうした、リリィ?」
「なんかね、いろいろ足りなくても、イゾウさんが居る私はそれだけで幸せなんだなぁって思って」
「…何言ってんだ突然。誰に影響されて来た?」

イゾウさんはハッと小さく息を吐き、軽く寝返りを打って目線を逸らした。
本当に眠いのか照れてるのか眩しいのか、腕で目元を隠したイゾウさんが…どうしよう、これものすごく可愛い。

「んー別に?」

前に「褒められ慣れて無い」って言ってたっけ…。なるほど、イゾウさんにはこうやってストレートに言うのが響くんだ。
思わぬ一面の発見が何だか嬉しくて、頬杖をついた手で緩む頬を必死に抑える。

「…笑ってんじゃねェよ」
「うん…。あはは、ごめ、笑うなって言われたら余計我慢出来なくなっちゃった」
「リリィ…起きたら覚えとけよ」

起きたら、って…また寝るつもりなのか、この人は…。
腕の下からチラリと覗くその目はまだ深い夜の色で、その横にしっかりと確保されたままの私のスペースに、急に潜り込みたくなった。

「私も、もっかい寝る…。てかイゾウさん、どれだけ寝るの…??」

外はもうとっくに明るい。
人の往来も盛んになっていて、十分に朝と言える時間だ。

「休みだからな」
「は…?海賊なんて、いつも休みみたいなモノじゃん…」
「煩ェ…マルコの前でその台詞言う度胸が有ったら褒めてやるよ」
「や、ちょっとそれは…」


クスクスと笑いながらそっとベッドに膝を載せると、イゾウさんが持ち上げてくれた上掛けの隙間に潜り込んだ。


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