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  40.うつつにも夢にも




夢の中の私は、何かを諦めた顔をしていた。



あぁ、これは夢なんだ

そう思って意識を浮上させた筈なのに、目の前に広がるのは見慣れない風景で。


…違う、私じゃない
これは、さっきのあの子だ


土埃と血の臭いの中の、
あの時の私と同じ表情だ。

あの時、の……







「ん……」

夢との境界が曖昧なのは…いつの間にか寝てしまった所為かもしれない。
イゾウさんと過ごす時間はいつも夢みたいに充ちていて、夢の中の方がが現実みたいに容赦ない。



寝るまではちらちらと部屋を照らしていたランプは消え、きっちりと引かれたカーテンの所為で朝と夜、どちらに近いのかも分からなかった。

(今度は…現実…?)

背中から感じる自分以外の体温と、渇いた喉と気怠い身体が寝る前の状況を容易く思い起こさせ、ここが現実だと実感する。

(…今何時だろ)

後ろから回されたイゾウさんの腕をそっと解いてベッドを抜け出そうとするもゆるゆると引き戻され、素早く足が絡め取られる。
ひやっとした足先の冷たさと、するりと滑らかな感触がもたらす粟立ちを抑え込みながら、ゆっくりと身体の向きを変えた。

「ごめん…起こしちゃった?」
「何処行くんだ…?リリィ」

答えでは無く質問を返すその声色は明らかに不機嫌で、どうやらまだ朝は遠いらしい…と、妙な確信に緩んだ頬を隠そうと、胸元に軽く顔を埋めた。

「…動く気配がすりゃ起きるさ」
「あ…ごめんなさい…。外が見たくなっただけなの。大丈夫だから、もう一度寝て?」
「なんだ、随分と元気じゃねェか」

ふっと額に息がかかり、笑われたと気付いたけれどスルーする。イゾウさんが何を指して「元気だ」なんて言ってるか分かってしまったから。

絡んだ足を解き、緩んだ腕の中から抜け出して掛けてあったガウンを羽織り、光を遮る厚いカーテンの中に素早く潜り込む。
窓ガラスとの間に溜まっていた外気が身体に絡み、ふるりと震えた。



月の位置は思っていたより大分低く、夜明けの方が近そうだ。

少し高台にあるこの宿からは、街がよく見渡せた。

明るくなったら、図書館か資料館か…その類の施設に行ってみたかった。
それらしい建物が見えないかと窓を開け、ぐるりと周囲を見回した時、薄暗い坂道をこちらへ向かって歩いて来る小さな人影に気付く。

(あ……さっきの子だ)

こんな時間に何をしているんだろうとマジマジと見つめると、視線に気付いたらしく上を向いたその子と目線が合う。

ゆっくりと話してみたい、と思った。

酒場で漏れ聞こえた会話の内容が妙に気に掛かっていた。夢に出て来た所為で、その気持ちが大きくなる。
今は話せなくても、約束くらいは出来るかもしれない。

身を乗り出し、身振り手振りで下に降りる事を伝えてみる。最初は不審な顔を向けるもすぐに私だと気付いた様で、ゆっくりと大きく一度頷くと宿の下で足を止め、薄明かりの中でふわり、と微かに笑った。

静かに窓を閉め、無造作にソファに置いたままだった服に急いで着替える。

「イゾウさん、ちょっとだけ下に行って来るね」
「…あ?」

とりあえずと声をかけると、さっきよりは幾分マシな、でもやっぱり眠たそうな声に笑いそうになる。
怠そうに薄っすらと開いた目蓋の中の瞳はそれでもしっかりとこちらを見ていて、着替えた私を見て怪訝そうに眉を顰めた。

「さっきの子が居たの。話して来る」

イゾウさんの額に落ちる髪を掻き分けてそこに軽く触れ、ずれた上掛けを掛け直す。
見慣れた寝姿も場所が変わるだけでまた違って見え、そこに在る温もりに少しだけ後ろ髪を引かれた。

「…あんまフラフラすんじゃねェぞ?」
「うん。ありが…と…、…んっ」

半分寝てたはずなのに。

離しあぐねた手を軽く引かれ、バランスを崩して近付いた口唇がそのまま捕まる。
ゆっくりと、向きを変えながら浅く一周啄ばまれ、最後にちろっと口唇を撫でられた。

「…寝てるくせに、こんな事だけしっかり」

照れ隠しに呟いた言葉は、満足そうに弧を描いた口に飲み込まれる。


眠い時のイゾウさんのぐだぐださ加減が気に入っているのは内緒だ。
無防備な姿を見せてくれるのが嬉しくて、三度頬が緩んだ。



部屋を出る間際に一度振り返ると、物凄く怠そうにこちらを見ていた目蓋が、ゆっくりと落ちていった。

そっと後ろ手で扉を閉め、足音を忍ばせつつ階段を駆け下りた。

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