Truth | ナノ

  03.夢じゃない世界




夢を見ていた

過ぎ去って行く青い海原を
流れる雲を
船の上からただ眺めているだけの夢を


もしかしてさっきの出来事も夢?
だって海賊船とか大きな男の人とか、そんなの夢の世界に決まってるじゃない

良かった、じゃあこの夢から覚めたらきっと元通りな私の日常が待ってるんだ


それならば早く目覚めて
誰か私を起こして


私の名前を、呼んで――



「リリィ?」
「誰…?」

目に映るのは木製の天井
耳に入るのは波の音

「私…まだ夢を見てる…?」
「夢かどうかは知らねェが、まだ此処には居るみてェだな」
「イゾウ、さん?」

ゆっくりと身体を起こして声のする方を見ると、机で何か書き物をしながら煙管を吹かすイゾウさんが居た。

という事はさっきのは夢じゃなくて、本当に私が見聞きした事だったんだ…

「夢じゃなかったんですね…」

思わず両手を広げて指の数を数えてしまう。
当たり前だけど何度数えてもちゃんと10本あって、少なくとも今の私にとってここは現実なんだと実感してしまい、はあぁぁとゆっくり大きくため息をついた。

「あ、オヤジさんとマルコさん…」

そういえば私はオヤジさんの部屋に居た筈だ。
「違う世界から来た」という信じられない言葉を聞いて、それから―

「倒れたの覚えてねェのか?」
「そんな気も、します…」

改めて自分の状態を見てみれば、イゾウさんのベッドの上でしっかりと毛布まで掛けられていて、さっきとは違い正しく本来の使い方で横になっていた。

「なんだか度々ごめんなさい…」
「ここまで来たらもう仕方ねェ。その様子だと具合は悪くねぇみてェだな」
「はい、大丈夫だと思います」
「じゃあちょっと待ってな。部屋からは出るなよ」

そう言うとすぐにイゾウさんは出て行ってしまい、部屋に一人残された。

窓から外を見るとまだ太陽が高いからお昼頃なんだろうと思う。オヤジさんの部屋に行ったのが夜明けだったから、5.6時間は経っているのだろうか。

ぼんやり考えていたらノックも無しに扉が開いて、思わず身構えた。
でも入って来たのは片手にトレイを持ったイゾウさんでほっと胸を撫で下ろす。

「飯貰って来た。食えるか?」
「あ、はい」

イゾウさんの持ってきたトレイの上には、おにぎりの載ったお皿とお椀が二つずつ。
ばさばさっと無造作に机の上の紙を傍に寄せて一組をそこに置くと、トレイをこちらに渡して来たので慌てて受け取る。
お椀に入っていたお味噌汁の匂いに安心感を感じて、鼻の奥が少しだけツンとした。

「朝ごはんみたい…」
「お前さんの世界にもあんのか?」
「私の居た国には有りました。本当に違う世界に居たなら…ですけど…」
「モビーにこの味が解る奴ぁ少ねェからな」
「モビー?」
「あぁ、この船の名前だ。とりあえず食いな。話はそれからだ」
「はい、いただきます」

人と仲良くなるには食事から、って言ってたのは誰だったっけ。
自分に拳銃を向けていた人とこうやって食事をしてるなんて、半日前の私には想像すら出来なかった。
イゾウさんと仲良くなった訳ではないけれど、朝と比べて少し和らいだ感じの空気が微かな安心感を私にくれている理由は慣れ親しんだこの食事で有る事は間違いなかった。

「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「料理の腕だけは確かな奴に作らせたからな」
「コックさんですか?」
「いや、4番隊の隊長だ」
「隊長…」
「お前さん、さっきもそこで考えてたよな?」
「はい…何故か解らないんですけど、その言葉を聞くとこの辺が締め付けられる感じがして…」

切ないとかではなく、嫌な感じのざわつきが胸の奥からじくじくと沸き上がる。

「他には?」
「嫌な感じがするのは今の所それだけです。オヤジさんに会った時は懐かしさというか温かくて大きな人だなって…」

そう言った時、僅かにイゾウさんが目を細めた様な気がした。

「お前さんが寝てる間にマルコと話したんだが」
「はい」
「もし本当にオヤジの言う通り違う世界とやらから来たんだとしても、記憶が戻る迄はここに居て構わねェ。行く当てもねェんだろうしな」
「それなんですけど…本当に私は…」
「さぁ、突拍子もない話過ぎて俺にも解らねェが、オヤジが考え無しに口にする様な事とも思えねェからな。何か思う所が有るんだろうよ」
「オヤジさんの事、信頼してるんですね」
「家族だからな」
「え?」
「この船のヤツは全員家族なんだよ」
「家族…だから船長さんがオヤジさんなんですね」

"家族"
その言葉が、心の中で波紋の様に拡がってバラバラに散った。

そう云えば、私の家族はどうしているのだろう?友人は?職場は?
本当に違う世界に来てしまったのなら、あちらに私は居ないはずで。
心配していないだろうか。

でもどれだけ考えても、それに該当する人の顔も名前も思い浮かばなかった。

「どうした?リリィ」
「あ、なんでもないです」
「無理して思い出す事はねェよ」
「でも…」
「嫌でもそのうち思い出すだろ。そん時考えりゃいい」

最初があんなだった所為で怖い人かと思ってしまっていたけれど、いつの間にかイゾウさんに怖さや取っ付き難さは感じ無くなって居た。
それにたまにチラチラ見える少し大雑把な感じと見た目とのギャップが少し可笑しくて、本当はどんな人なんだろうかと少し興味も沸いていた。

「あ、イゾウさん」
「ちっ…煩ェ」
「え?」
「あぁ、お前さんの事じゃねェよ…ちょっと待ってな」

イゾウさんは面倒くさそうな表情を浮かべたまま静かに立ち上がり、一呼吸入れてから一気に扉を開けた。

「うわっ」
「ばっか押すなって」
「だから止めとけって言っただろい」

開け放たれた扉の前には、沢山の人。オヤジさん程じゃないけど身体の大きな人も何人も居た。
それにリーゼントやドレッド…イゾウさんもマルコさんもだけど、ここの人たちはなんで個性的な髪型なんだろう。
普通っぽいのはおかっぱの人とくせ毛で黒髪の人だけど、黒髪の人は上半身裸だし…あ、マルコさんも似たようなものだったか。

「ったく…揃いも揃って何やってんだ」

眉をしかめながらため息をつくイゾウさんとニコニコする沢山の人たち。
状況はよく分からないけど、何だか楽しそうなその様子に思わず笑みが零れた。

「なんだ、ちゃんと笑えるんじゃねェか」

小さく聞こえた声に顔を上げると、こっちを見て微かに微笑むイゾウさんと目が合ってしまい思わず目を逸らす。
イゾウさんこそ、ちゃんと笑えるんじゃない。朝の着替えの時といい、とことんギャップだらけの人でちょっと面白いかも――なんて。

「悪いイゾウ、こいつらリリィ見に行くって聞かなくてよい」
「こんな可愛い子、独り占めすんなよ」
「リリィちゃんリリィちゃん、メシどうだった?俺が作ったのよ」
「ちょっとサッチ、なに一人で抜け駆けしようとしてんの?」
「オヤジに名前を付けて貰うなんて幸せなお嬢さんだ」
「お前ら…一人ずつ話せよい」
「あの、イゾウさん…?」
「こいつらは…あーその、隊長たちだ」

"隊長"という言葉を少し躊躇う様にイゾウさんは言ってくれたけど、目の前のこの人たちを見ながら聞いたその言葉には不思議と不快感を殆ど感じ無かった。

「よろしくな!リリィ!」
「今夜は宴だな。リリィ酒は飲めるんだろう?」
「何でも好きなもん作ってやっからよ」
「歓迎するぜ!リリィ」

黒髪の人に頭をわしゃわしゃと撫でられ(でもこの人絶対年下だ)それを皮切りに皆に一斉に揉みくちゃにされてしまった。

「お前ら…段階ってモンがあんだろうよい…」
「大丈夫か?リリィ」

イゾウさんとマルコさんに助け出された私は何故か満面の笑みで、私を取り囲む隊長さんたちも皆同じように笑顔だった。

ここに居ていいんだと、そう言ってくれている様でここへ来て初めて心から感じた安心感に緊張の糸が切れ、ぽろぽろと涙が溢れていた。

「っ…よろしくお願いしますっ」



こうして、私の新しい生活が幕を明けた。

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