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  38.ライズアップ




天候が急に悪化したのは、そのすぐ後。

新世界の天候が目まぐるしく変化するのは日常茶飯事って事くらいは、私だってもう知っている。



「なんか…本当にスミマセン」

とにかく心の底から謝りたい気分だった。

「…いや、リリィは悪くね…え、よ。ぷ、くくく…」
「サッチ、お願いだからもう笑わないで…」

サッチが笑う度、イゾウさんの不機嫌な空気が濃くなり、恨みがましい視線がぐさぐさと突き刺さる。

「まさか…イゾウさんが早起きしただけで時化るなんて思わないし…」
「ふざけんな。俺の所為じゃねェよ」

もう二度と、早くは起こさない…。
固くそう誓う程に酷い時化の所為で、予定日を一日遅れての寄港となった…









「うわぁ…本当に大きな島!」

この間の島も大きいと思ったけれど、今回の島は更に大きい。

久しぶりに沸き上がる高揚感。
タラップを降りる瞬間や、岩とひつじだらけの道を車で走り続け、やっと遠目に村の教会の塔が見えた時……思い出せばキリが無い。

新しい場所に着くと本当にワクワクする。


ログが溜まるまでは、三日。

最終日の午後からは船番、初日には買い出しの担当になっているので、自分の為に使える時間は約二日。一人でふらふらする訳にはいかないから、イゾウさんに目的は伝えてある。

降りてみないと分からない。
けれど、新しいモノが見られるワクワク感と、何かを掴みたいという期待と。

「楽しそうだな」
「うん。次々に新しい場所に行けるんだもん。私、モビーに来れて本当に良かった」
「海賊船だぜ?本当にモノ好きな女だなリリィは」
「私がモノ好きなのは、イゾウさんが一番良く知ってるでしょ?」

気分が良いので、自然と口も滑らかになる。
「一言余計だ」と言いながらもククッと笑ったイゾウさんは、ぺしっと一発、私の頭を叩く。

「そうだ、リリィ」
「はい?」
「オヤジからだ。リリィの分だとさ」

イゾウさんの投げて寄越した巾着の中には、それなりの枚数のベリー札。

「しっかり働いてんだ、遠慮無く受け取んな」

口を開くより先にそう言われ、断る理由は見つからなかったので、素直に受け取った。

対価を得て初めて、本当の意味でこの世界に足が着いた気持ちになったのは、元居た国の国民性なのか私の性分なのか。

「がんばろっと…」

ここで生きてる。
そう感じる充実感が心地良かった。


下船準備で賑やかになってきた甲板に16番隊の人の姿を見つけたので、イゾウさんより先にその輪に加わった。


* * *


「適当にしたって問題ねェだろ」
「…イゾウさんてホント、細かい作業苦手ですよね」

買い付けた山の様な物資(これでもまだ総量の半分以下らしい)を前に、イゾウさんの代わりにリストと見比べてチェックをしながら、つい本音が口をつく。

「マルコが細けェだけだ」

相変わらず大雑把なイゾウさんは、それでも隊員さん達への指示は的確で、凛としたその後ろ姿に思わず見惚れてしまう。

「リリィ、見てねェで早く終わらせな」
「はっ…!?」

いつの間にか此方を向いていたイゾウさんを見上げれば、心底リラックスして愉しそうに紫煙を吐き出している。
本当はこれ、イゾウさんの仕事なのに…!

うちの隊長は仕方ないなぁ、なんて緩む口元と笑いを抑え込みながら、残りの作業に取り掛かった。



全ての作業が終わったのは、夕方。
まだ辛うじてランプを点けずに過ごせるくらいの時間だった。


「え?今から降りるの?」

今夜はモビーで過ごすと思っていたら支度をするように言われ、慌てて自室に駆ける。

化粧を普段より少しだけ明るく直して、久しぶりにワンピースを着た。
たったそれだけで随分と浮かれた気分になっていて、ぺしっと両頬を叩いて表情を引き締め、甲板で待つイゾウさんの元に走った。



そして下船した私は、島の大きさもさる事ながら、色んな意味での“白ひげ海賊団”の大きさを改めて実感する。


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