Truth | ナノ

  37.浮雲、のち晴れ時々雨宿り




窓に切り取られた景色はまだ薄暗く、聞こえるのは穏やかな波の音だけ。


そっと左胸に手を当てれば、しっかりと指先に鼓動が伝わる。
それが作り運ぶモノは、ここの人たちと同じだと云う。


だから…
少しだけ、期待していた。


もしかしたら私は本当はこの世界の人間で、失くしたのはここでの記憶で、別な世界なんてのは最初から存在せず私が在ると思い込んで居るだけなんじゃないか――

どうやって気付かれずにイゾウさんの部屋に行けたのか、とかそれはそれとして問題は残るのだけれど、少なくとも“元の世界に戻ってしまう”と云う最大の不安は解消される。

そんな風に考えたりしていたのに。


淡い期待は、容易く打ち砕かれる。


思えば最初から私に纏わり付いていた、その人の影。人に関する記憶の欠片は唯一その人…“隊長”だけだった。

「誰、なんだろう……」


まだ夜明けまで時間は有る。
頭まで毛布を被ってみたけれど、寝直す気分にはならなかった。


ごろんと寝返りを打った拍子に触れた、冷たい壁。
手のひらをそっと壁に付け、数センチ向こうのその人を想うとじんわりと温かくなって、ほんの僅かに微睡んだ。




* * *


「…まぁ、過去は消えねぇからな」
「うん…だから中途半端でなんか気持ち悪いんだ。完全に無いならその方が…ちょ、痛いよエース」

ぐぐっと背中を押され、背骨の立てたぱきっという音が、朝の澄んだ空気の中響き渡る。

「あ、わりぃ…。過去なんてみんな色々あんだし、気にする事ねぇだろ」
「ん…なんかエースって…いっ、たたた…」

意外に大人…と続けようとしたけど、流石に悪いかなと躊躇っていたら、勢い余ったエースにまためきっと背中を押された。
朝の爽やかな日差しが目に染みて、涙が滲む。

「おう、これでも結構考えてんだぜ。元船長だしな!」
「そうなの!?」

驚いた勢いで全力でエースを押し返す。
片手間のストレッチは思いの外命がけだったので、立ち上がって一人で身体を伸ばした。

「あ、リリィに話してねぇ?2番隊のあの辺の奴らも、元々は俺の船の仲間なんだぜ」
「へぇ…凄いなぁ。あ、そう言えば弟さんも船長だっけ?」

そう言うと朝日に負けないくらい眩しい笑顔になったエースは、息もつかずに弟さんの話をし始める。

「…リリィも家族だしな!」

不意に紡がれたその言葉が、じわじわと私に染み込んでいく。


エースと弟さんに血の繋がりは無いとこの時の私は知らなかったけれど、モビーの家族だって同じだ。
ここでの家族は、血でも名前でも無い。
でも、今まで私が当たり前に思っていた尺度じゃ測りきれない程に大きな物で繋がっている。


それは言葉にすると薄っぺらくなってしまうけれど、絆だったり誇りだったり、見据える先だったり。

共に歩む、と云う事なんだろう。


「そうだリリィ、もうすぐ島に着くらしいぜ。でけぇ島みてぇだから、きっと美味い飯食えるな!」

にしし、といつもの笑顔を見せたエースは、腹減ったー!と叫びながら2番隊の仲間とじゃれ合いながら食堂へと走って行った。


大きな島…
たくさんの人が行き交う場所なら、何かが分かるかもしれない。

「イゾウさんを起こしに行こうかな…」

いつもより随分と早い時間だけれど、ふとそんな気分になった。
話がしたかったし、たまには一緒に朝食を摂りたい、と思ったのはきっと、エースの笑顔の所為。





「ちょ…イゾウさん!朝だから!」
「煩ェ…俺を早く起こすなら、それなりの覚悟はしてんだろ…」
「覚悟!?そんなのしてませんてば!」

私を抱き枕にしようとするイゾウさんの体温は既に少し冷たく、絶対に寝起きではない。
流石に毎日起こしていれば、もうそのくらいは分かる。

「…イゾウ隊長、起きましょうか?」
「チッ…気が削がれる言い方するんじゃねェよ…」

苦々しく吐き捨てたイゾウさんが何だか可愛くて、腕の中でぐるりと向きを変えて抱き付いた。

「おはよう、イゾウさん」
「仕方ねェ…。支度するから待ってな」



ダラダラと支度をしても尚、怠そうなイゾウさんと食堂に入った瞬間。

主に隊長たちの視線が一斉に降り注ぐ。

「…誰かと思った…」
「夢遊病の癖なんてあったか?」
「やめてよ、嵐になったらどうすんの?」
「………」


散々な言われようで面白い程に不機嫌なイゾウさんを余所に、私は一人上機嫌だった。


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