36.手を伸ばせば、そこに
零れた記憶の内容より…
それをイゾウさんに聞かれた事を思うと、ツキツキと心が痛くなる。
それなりに親しかったらしい"隊長"の事を話していた私を、イゾウさんはどんな顔で見ていたの?
私はどんな顔をしていたんだろう……
戸惑い、不安、怖れ……
いろんなものが絡み付いて、
心が、身体が重い。
「ね…イゾウさん」
「ん?」
怖くてイゾウさんの顔が見られなくて、目の前にかかっていた大きなタオルを一枚引き剥がし、がばっと頭から被る。
タオル越しでも突き刺さる眩い光が痛くて、ぎゅうっときつく目蓋を閉じた。
「私が見えてますか?」
「当たり前だろ。何言ってんだ」
「そっか…それなら大丈夫。ちゃんとここに居るなら、イゾウさんに見えてるなら、それでいいよね…」
記憶と引き換えに、消えないで良かった…
ぽとり、と一粒だけ落ちた不安は真っ直ぐタオルに吸い込まれ、小さな染みを作る。
「…よかった、まだここに居て」
ポツリと呟いた途端、頭に被っていたタオルを肩まで下ろされ、晒け出された顔がイゾウさんの呆れた様な視線に捕えられた。
「バカリリィ」
「…は?」
「馬鹿な事考えてんじゃねェよ」
ぽかんと口を開けて間抜けな顔の私の頬を、イゾウさんはぺしぺしと煙管で小突く。
「思い出して良かった、って思うのがリリィだろ?イイじゃねェか、情報が増えて」
「イゾウさん…」
イゾウさんはきゅっと指の背で私の目元に残る涙を拭うと、そのまま真っ直ぐに私の目を見て言った。
「あとな、リリィは消えたりしねェから心配すんな。根拠なんてねェ。でも俺がそう思うんだからそれで充分だろ?」
迷いの無いイゾウさんのその言葉を貰うと、べったりと身体に纏わり付いていた嫌な何かが音も立てずに逃げ出して行く気がした。
「うん…イゾウさんが言うなら、本当にそうなる気がする」
「笑って前だけ見てな。そうすりゃちゃんと、行きてェ場所に行ける。ここはそういう所だからな」
がしがしと少し乱暴に頭を撫でて来たイゾウさんの手に触れる。
私の手を乗せそのまま下がったイゾウさんの指が、さらりと耳元の髪を掻き分け、覗いたピアスを軽く弄る。
その指が離れた途端、顔中にじんわりと熱が広がってゆく。
「イゾウさんがちゃんと私の事分かってくれてて、何か嬉しい」
ふふっと笑いが零れ、緩む両頬をタオルで覆った。
「私、これ洗い直して来ます」
くるくると丸めたタオルを抱えてイゾウさんを見上げると、「行って来な」と肩を軽く叩かれた。
その手が私の中に残っていた嫌なもやもやを全部追い出してくれて、単純な私は足取り軽く洗濯室へと走って行った。
今の私にはイゾウさんが居る。
今ここに居る
手を伸ばせば届く
心が届く
大丈夫、何も怖くない――
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