30.離れずに暖めて
夢を見ていた
過ぎ去って行く青い海原を
流れる雲を
船の上からただ眺めているだけの夢を
見憶えの有る船体
ピカピカに磨かれた甲板
あぁ、ここはモビーだ
誰の姿も見えないけど、分かる
だって、オヤジさんの気配がするから
「ん…」
消毒液の匂い
肌に触れるパリッとしたシーツの感触
小さく聞こえる波の音
指先に触れる手の温もり
大好きな…
「イゾウさん…?」
「今度こそ起きたか?」
「今度こそ…?」
「すぐ戻る、少し待ってな」
ふわふわとする私の、髪から頬をするりと優しく撫でると、薄っすらと笑みを浮かべてイゾウさんはカーテンの外へと出て行った。
その後ろ姿を見送り上体を起こそうとした時の脇腹の違和感に、漸く思考が現状に追い付く。
そうだ…確か私、イゾウさんを待ってる時に何かに襲われて…
それから…
近づく二つの靴音に、起こしかけた身体をゆっくりと元に戻すと、少し開かれたカーテンの隙間からエリンの姿が見えた。
「……とにかく、様子を見てからです。イゾウ隊長はそこでお待ち下さい。…リリィよく頑張ったわね。少し起きられるかしら?」
「多分大丈夫。エリン、私…」
私の身体を起こしガーゼを外すエリンの手元を恐る恐る見ると、思っていたのとは違い綺麗に処置された傷口とその周囲に出来た蝶の羽根の様な形の痣。
「少し出血が酷かったのだけど、綺麗に縫合出来たから心配要らないわよ。ドクターの腕もだけど、半分はリリィの精神力とそれのお蔭ね」
そう言ってエリンが指差したサイドテーブルには、イゾウさんから預かっている小さな銃が。
「何でこれが…?」
「海王類の攻撃が丁度その銃に当たったみたいね。だから傷が半分で済んだのよ。それがなかったら正直分からなかったわ…それ、イゾウ隊長のよね?」
「うん…。あの、イゾウさんは?」
私の問いにエリンは、手早く新しいガーゼに交換してくれながら「イゾウ隊長ったら、ずっとリリィの側を離れなかったのよ」と小声で囁いて小さく笑った。
「早く顔見せろって気配が五月蝿くて堪らないわ。どうぞ、イゾウ隊長」
エリンの言葉に真っ赤になった私と、腕を組みキャビネットに凭れたままのイゾウさん。
「無理させたら承知しませんからね?」
そう言いながらエリンは私たちを交互に見比べて、立ち上がる。
「…分かってる。俺はそこまで馬鹿じゃねェよ」
「どうかしら?リリィ、お大事にね」
「うん、ありがとう」
何だか楽しそうに出て行ったエリンと入れ替えで入って来たイゾウさんは、後ろ手で静かにカーテンを閉めた。
「マルコさんだけじゃなくて、イゾウさんもエリンには敵わないんだ…」
笑おうとしたらクツリと痛んだ傷口に小さく顔を顰めると、ため息をつきながら静かにベッドに身体を寄せたイゾウさんは私の髪をさらりと撫でて、そのまま動きを止めた。
「リリィ」
「はい?」
それっきり何も言わないイゾウさんを見上げると、絡んだ視線を珍しく逸らされる。
「…イゾウさん?どうしました?」
「いや、あいつが余計な事を言いやがるからな…」
余計って…ずっと付いててくれたって事?だとしたら、もしかして照れて…
そう思うとなんだか嬉しくなって、頬に触れるイゾウさんの手をそっと握った。
「―ありがとう、イゾウさん。側に居てくれて。私を守ってくれて」
「俺は何もしてねェよ」
「ううん」
そんなに日は経ってない筈なのに。
凄く久しぶりに感じるその手が本当に愛おしくて、思わず両手で包み込む。
きしっと小さくベッドを軋ませながら近付いて来たイゾウさんを見ると、ニヤリと薄く笑った…気がした。
「ふぇ…!?」
そのまま片手で軽々と、掬うみたいに腰から抱え上げられ、慌ててその首に腕を回す。
「ちょ、イゾウさんっ!?何するんですか!?」
「何って、部屋に戻るに決まってんだろ?」
「…は?」
「許可は取ってる。リリィは心配すんな」
イゾウさんはいつだって何処でだって強引な事を、改めて身を以て知る。
「ここじゃ外野が煩くて堪らねェんだよ」
「……」
…ごめんね、エリン。私はイゾウさんには勝てないんだ…と心の中で謝りながらも、傷口に障らない様に優しくしっかりと抱えられた腕の中の心地良さに、素直に身を委ねた。
「あ、待ってイゾウさん。アレを…」
私を守ってくれた、大切な物。
再び手渡されたそれをしっかりと胸に抱えて、まっすぐにイゾウさんを見上げると、今までに見た事の無い優しい笑顔と一緒に、優しい甘さのキスが降ってきた。
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