Truth | ナノ

  29.お祈りのキス、額にして




「エリン…?」
「ええ。大丈夫よリリィ、心配しないで」


心臓とココロと傷口と

あちこちがドクドクと煩い

押さえても押さえても指の隙間から溢れる温かいモノが、私の身体から熱を奪う。



「とにかく直ぐに止血を!担架も急いで!」
「リリィ、イゾウに連絡…」

イゾウさんの名前に、思わずマルコさんを掴もうとした手が宙を掻く。

「マルコさ…呼ばないで。私は大丈夫、だから、」
「マルコ隊長、とにかく今は治療を。リリィ、イゾウ隊長が戻るまでしっかりね」
「ん…」



イゾウさん、イゾウさん…
話したい事がまだたくさん有るから。

だから、早く帰って来て?
待ってるから。


もし寝てたら…
たまにはイゾウさんが起こして、ね?





* * *


16番隊が外での隊務から戻ったのは、その少し後の事だった。
破損した手摺やデッキを修理する船大工の姿から、海王類の襲来があった事が見て取れる。


「どうした、マルコ?」

珍しく甲板で出迎えたマルコに怪訝な表情を見せるイゾウに、簡潔にリリィの負傷が伝えられた。

「こっちの処理はおれがやるから、すぐにリリィの所に行けよい」

マルコのその言葉に、駆け出さんばかりの勢いで一歩踏み出された足は強烈な覇気と殺気と共に踏み止まり、足早にイゾウは船内へと向かう。

それでも医務室が近付くに連れて駆け出したイゾウを、すれ違う隊員たちが振り返る。
勢いのまま扉を開けようとした所で我に返ったイゾウは、把手を握ったままゆっくり一呼吸吐いた。

「くそ…」

自分が焦った所でリリィの容体が変わるわけではない。分かってはいても、苛立ちにも似た焦りは容赦無くイゾウを掴む。


意を決して静かに医務室の扉を開けると、疲れた表情のエリンがゆっくりと振り返った。

「…勢いよく開けてたら、そのまま追い出す所だったわよ?」
「余裕じゃねェか…」
「手当てがひと段落ついた所。ちょっと出血が多くて…まだ意識は戻らないわ」

静かに立ち上がったエリンの後に、イゾウも黙って続く。

「輸血が出来れば良かったのだけど…リリィの血液がこちらの型と合うか調べる前だったの。だから造血剤だけ飲ませて、後は彼女自身に頑張って貰ってるわ」

エリンがそっと開けたカーテンの先で眠るリリィの顔は蒼白く、血の気は薄い。それでも薄く上下する胸元で容体が落ち着いている事をその目で確認出来たイゾウは、漸く張り詰めた空気を解いた。

「麻酔も効いてるし、暫くは目を覚まさない筈よ。何か異変が有ったら、すぐに知らせて下さいね」
「あァ」
「…イゾウ隊長、リリィをお願いね」
「分かってる。心配は要らねェよ」

そう言うイゾウの手元は、リリィに掛けられた毛布を強く握りしめていた。






何度目かの船鐘の音に、ハッとしたイゾウがリリィから視線を逸らすと、サイドテーブルに置かれた自分の預けた銃が目についた。

半日近くここに居てそれに気付く余裕すら無かった事に、イゾウは自嘲の笑みを浮かべる。
まだ血で汚されたままのそれを手に取り丁寧に磨くと、銃身に微かなへこみが表れた。

その時、微かに呼吸の変わった気配がして、イゾウはリリィの顔にかかる髪を梳きながらその顔を覗き込んだ。


「イゾウさ、ん…?」
「リリィ?大丈夫か、状況分かるか?」
「…ん、イゾウさんが居る」
「そうじゃねェよ…」

か細い声で答えたリリィの手をイゾウがゆっくりと握ると、リリィは微笑みながら緩く握り返す。

「待ってたの。おかえりなさ…い…」
「…リリィ?」

ふふっと笑みを零し再び意識を閉じたリリィの顔色は、急速に赤味を帯びた様に見えた。

「ただいま、リリィ」


眠るリリィの額に口付けを一つ落としたイゾウは、そっとその手を離し、ナース室へと向かった。



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