Truth | ナノ

  26.不確かな確信




そう遠くない甲板から、怒声や発砲音が絶え間無く聞こえる。

でも皆慣れたモノで、私以外は普段と変わる事無くそれぞれの時間を過ごす。



「リリィ」
「…はい」
「いつまで顔伏せてんだ?」
「出来ればずっと…」


"俺の"だなんてさらりと言われて、私は絶賛悶絶中。

外で起きてる事と自分の気持ちの温度差に若干の後ろめたさを抱きつつも、一度跳ねた心はなかなか落ち着きを見せない。


「じゃあ置いてくぞ?それともそのまま担がれてェか?」
「うー…起きます、歩きますよぅ…」

おずおずと顔を上げると、予想通りニヤリとしたイゾウさんが見えた…と思った瞬間、ぐるりとマフラーを顔の下半分に巻き付けられ、コートのフードを被せられる。

「そんなに寒くないですよ…?」
「顔は隠しときな。なるべく見られない方がいい」
「は、い…」

その行動の意味に、わずかに緊張が走る。

「敵船の奴らにまで、リリィを見せびらかす趣味はねェからな」
「せっかく起きたのに…何でまたそういう事言うんですか…」

一瞬で力が抜け、たちまち打ち消される緊張感。
イゾウさんの少し捻くれた優しさに、心がまた擽られる。

緩む口元は幸いマフラーの下。
フードを深く被り直し、歩き出したイゾウさんの後に続いた。





扉を開けた先に広がる見慣れた甲板は、いつもと全く違う場所に見えた。


血の臭い、硝煙の臭い
発砲音、金属のぶつかる音


夜で視界が悪い所為か、聴覚と嗅覚に激しく訴えかける。

映画でもゲームでも無い。
正真正銘、今ここに在る現実。


ざわざわと、心の中でまた何かが動いた。
頭の中にも靄がかかった様な、嫌な感覚が纏わり付く。


そんな筈は無い…


記憶が無いのに否定するのはおかしいと思うけれど、そんな筈は無いと心の中で繰り返し否定する。

どうして?

どうして
私はこれを知っていると思うの…?


「イゾウ、さん…」
「どうした?やっぱりキツイか?」
「違う…違うんです…」
「あら、イゾウ隊長とリリィじゃない」

エリンの声に、イゾウさんへと伸ばしかけた手を慌てて引っ込めた。

「エリンもここに?」
「どの程度の負傷者が出てるか確認しに来たの。今日はたいして人手を割かなくても良さそうね」
「よかった、じゃあみんな余り怪我してないんだ…」

倒れてる沢山の人は殆どが敵船の人みたいで、申し訳ないけど少し安堵する。

「リリィはどうしたの?」
「敵襲初めてだから、私がイゾウさんに無理言って…」
「まったく、相変わらずなんだから。余り無茶な事はしないでよ?」
「分かってる。ありがとうエリン」
「イゾウ隊長も、随分とリリィに熱心ね」
「別に勘繰る必要はねェよ。な、リリィ?」
「…え?やだ本当なのリリィ?」
「うん、自分でもまだ少し信じられないけど」

エリンに打ち明けると同時に、掴みそびれていたイゾウさんの袖をそっと握った。


目の前で繰り広げられてるのは、確かに血を流す実戦なのに、平然とこんな話が出来るこの空気に、ここでの戦闘というモノの常套さ加減を思い知る。


「びっくりした。もしやとは思ってたけど…でも、誰かが居てくれるのは悪く無いわ」
「ありがとう、エリンが言ってくれると安心する」
「ふふ。じゃあ私は戻るけど…リリィが運ばれて来たりしたら、分かってますよね?イゾウ隊長」
「言われるまでもねェよ」
「リリィ、今度ゆっくり話を聞かせてね」

場違いな笑顔でそう言うと、エリンは足早に船内へと戻って行った。


いつの間にか戦闘はもう終わりに近く、あちこちに灯されたトーチの中、サッチやハルタが隊員さんたちに指示を出して回っているのが見える。


「イゾウさん」
「戻るか?無理するなよ?」
「大丈夫です、でも…」

無意識にポケットに入れた手が、イゾウさんから預かった銃に触れる。

「知ってる筈なんて無いのに、初めてじゃない気がするんです…似た何かかも知れないけど…」

何故かその冷たい感触が、私の疑念を確信に変える。

「何も分からないのに、確かに知ってるってココが言うんです。何で…どうしてこんなの…」


心臓が痛い。
呼吸が早く浅くなるのが分かる。

血と硝煙の臭いのする潮風が、身体に突き刺さる。


「―戻るぞ、リリィ」

ぐいっと強引に手を引かれ、一気に連れて行かれた船内の空気で漸く呼吸を取り戻した私は、周囲も気にせず目の前のイゾウさんに抱き付いていた。

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