Truth | ナノ

  25.追いこせないのは




「…リリィー?」
「…っ、はいっっ」
「外見てるか、とっくに暗いぞ?」
「うそ…ごめんなさい…」


書庫の整理をしつつ目的の本を探す傍ら、目に付いた本をいつの間にか夢中になって読んでいたらしい。
このペースじゃ、書庫の整理ですらいつ終わるのか…


「ったく…熱心なのはイイが、程々にしとけよ?」
「努力します…」
「怒ってる訳じゃねェんだから、そんな顔すんな」

ぽすんと後頭部を撫でられ、照れ隠しにえへへと笑い返したら、軽くデコピンを貰う。
それすらも嬉しいなんて、私は本当にどうかしてる。

「何をそんなに熱心に探してるんだ?」
「…色々です。知りたい事は沢山有るし、それに…」

選んでおいた数冊の本を手に取り、上着と銃を置いた机へと足を向けた私から、スッと自然にイゾウさんが本を取って運んでくれる。

「ありがとです…隙間を、埋めたいなぁって」
「隙間?」
「はい。足りない記憶をこっちの知識で埋めたら、思い出さないで済むかもしれないし、それに…」

思い出さなければ、この世界にずっと居られるかもしれない。そんな希望と

「やっぱり、思い出したくねェか?」
「気にはなりますけど…未だに何も思い出さないって事は、余りいい記憶じゃ無いのかな…って」

隠されたそれを知る事への、僅かな不安

「拒否してる…って事か」
「かもしれないです。でも、別に何も困ってないですよ?モビーの皆さんは優しいし…今はイゾウさんも居るから…」

…って、何言ってるの、私。


慌ててコートを掴み、イゾウさんを振り返る事なく一目散に扉へと向かった。
…はずなのに、リーチの差ですぐに追いつかれ、出口を身体で塞がれてしまう。

ニヤリ、と口端を少しだけ上げてしたり顔のイゾウさんは、私の髪をひと束掬いくるくると弄ぶ。

「なァ、リリィ」
「はい?」
「余りそういう事言うなよ?」
「…はい?」

ぐいっと腕を引かれて距離が一気に縮まり、イゾウさんの体温と香りが迫る。

「煽るなって言ってんだ。ガキじゃねェんだし…分かるよな?」

目の前のイゾウさんの口唇が、喉元が。
妙に艶を帯びて見え、ゴクリと息を飲んだ。

「わ、かります。でも…イゾウさんも子供じゃないんだから、分別は有りますよね?」

精一杯の強がりと、悪戯心と。

イゾウさんの真似をして、ニヤリと口端を上げて見上げた。

ほんの一瞬目を合わた後、堪えきれずにふふっと笑うと、どちらからとも無く口唇を重ねた。



イゾウさんの一言に
一挙一動に

私はずっと煽られっ放しだなんて、イゾウさんには絶対に教えない。





書庫を出て食堂へ向かい、夕食の手伝いをしながら皆と雑談していたその時。
いつもより一際高くて速い鐘の音が鳴り響き、隊長たちを除く殆どの人が立ち上がった。

キリキリと、心の奥深くを引っ掻く嫌な音にゾクリと粟立った腕を撫でながらイゾウさんを見る。

「イゾウさん…?」
「敵襲だな。そう言えばリリィが来てから初めてか?心配は要らねェよ、ここはモビーだ」

ふわりと私の頭を撫で、いつもと何ら変わる事なく煙管に火を入れるイゾウさんの後ろを、海賊の顔をしたサッチと怠そうなハルタが通る。

何だか二人とも、心なしか楽しそうな…?

「久々だしな。俺たちの出番はねェかもな」
「ん?敵襲も当番制ですか…?」

じゃあ今日はイゾウさんは行かないんだ。

「イゾウさん、あの…」
「見に行きてェんだろ?言うと思ったよ」
「でも…イゾウさんの判断に任せます」


敵襲って事は戦闘で、興味本位で見るモノじゃ無いって事くらい分かってる。
それでもここに居る以上、目を背けて見ない振りをしてはダメな気がするから。

それは、したくないから。


イゾウさんをまっすぐに見ていたら、伸びて来た手に軽く頬を抓られる。

「いだっ…」
「俺のお姫さんはお転婆で仕方ねェな。もう少し待ちな。連れてってやるよ」
「は……」

俺のって…俺の…


煽られるどころじゃない。
一発でノックアウトされた。


こっちは見なくても、もう分かる。
間違い無く今、ニヤリと笑ってるんだ。


私は敵襲より、イゾウさんの方が怖い。


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